大阪商人は「利益の追求は徳」と考えた 令和の時代に脚光
「ビジネス倫理学」は欧米が中心の学問分野だといわれているが、慶応義塾大学商学部准教授の杉本俊介氏は、日本ならではのビジネス倫理学の研究を進めている。その一環で研究対象としている、江戸時代に大阪の商人が設立した学問所「懐徳堂」では、「利益の追求は徳」だと考えた。これは、世界的に見てもまれな発想だという。 【関連画像】日本企業の経営理念に現れる「徳」の頻度。ただし、*についてはそれが徳であるか議論の余地あり。 出典:日本経営倫理学会誌 第30号(2023年)p. 49-59より 前回(下記関連記事参照:「倫理学で激論 『内部告発すべきなんて言えない』のはなぜか」)は、ビジネス倫理学の知見から、たとえ正義のためであっても企業などの組織で「内部告発すべきなんて言えない」という主張について語っていただきました。 内部告発をした多くの人はその後、後悔しているし、「徳倫理学」の観点からも内部告発は推奨できない、というお話でした。 杉本俊介・慶応義塾大学商学部准教授(以下、杉本氏):はい。内部告発者は心の内にモヤモヤしたものを抱えると思うのですが、そのモヤモヤにアプローチできるのが、徳倫理学だと私は考えています。 素朴な疑問なんですが、ビジネス倫理学という学問は欧米中心なんですか。 杉本氏:そうですね。日本にも日本経営倫理学会があるし、大学でも科目として設置されているところもありますが、欧米基準であることは否めません。私もそうですが、特に英語圏の議論から影響を強く受けています。 ただ最近は、日本でビジネス倫理学を研究することの意味について考えるようになり、私も研究を進めているところです。 具体的にどんな研究を? 杉本氏:最近でいえば、日本企業の経営理念にどのような「徳」が含まれているのかを調べたんですよ。 面白そうじゃないですか! 前回聞いたのは、倫理学には功利主義、義務論、徳倫理学という代表的な3つの考え方があり、そのうち古代ギリシャの哲学者アリストテレスに由来する徳倫理学は、ある行為が道徳的に正しいかどうかは「有徳な人」がその状況で行うかどうかで判断する、ということでした。どうやって日本企業の経営理念に含まれる徳を調べたんですか。 ●欧米は「正義」で日本は「貢献」 企業が掲げる徳の違い 杉本氏:上場している企業の「企業理念」「社是・社訓」「行動指針」などをホームページなどから地道に収集して、テキストにしてまとめるんです。数にして2828社になりました。1人ではとうてい無理なので、学生にも手伝ってもらいました。そうやって収集したテキストデータから、どのような言葉が頻繁に登場するかを調べたところ、大変興味深い結果が得られました。 結論から言うと、日本企業の経営理念がよく掲げる徳は、西洋の哲学・倫理学で重要視されていた徳とはだいぶ違うんです。 例えばアリストテレスは、賢慮、勇気、節制、正義という4つの徳を最も大事だと考えました。このうち正義は、今なお非常に重要な徳ですが、日本企業の経営理念にはほとんど出てこないんですね。 確かに「正義」という言葉が入っている日本企業の理念って見かけないですね。欧米だったらあるかもしれませんが。じゃあ、日本企業はどういう徳を掲げているんですか。