「顔に唾を吐かれて…」カスハラ客とのトラブルから「暴行容疑」で取り調べを受けた居酒屋店主の述懐 理不尽な客に「平身低頭で謝るのは悪手」と語る理由
警察・検察からの出頭要請、“加害者”として取り調べ
ここで一件落着と思いきや、事態は一転。騒動から3か月ほど経った4月下旬、黒かどや氏は警察から「暴行事件」の当事者として出頭要請を受ける。 「相手が『(取り押さえの際)あばら骨が折れた』と被害届を出したんです。その後、警察と検察から“加害者”として任意で取り調べを受けることに。担当検事さんには『(相手がケガをしないよう)抱きついて制止する方法もあったのではないか』などと言われ、追及もかなり厳しかった。7月に不起訴が決まるまで獄中生活も覚悟していました」 仮に起訴、有罪となった場合は「罰金を払いたくないから労役で刑務所に行こうと思っていた」と、黒かどや氏は苦笑する。 「取り押さえが原因で骨折したのが事実であれば、やり過ぎだったと反省しています。ただ、“カスハラ客”の行為は予測不能。顔に唾を吐かれたのは初めてでしたが、過去には暴言や居座りだけでなく、逆上して胸ぐらを掴まれたり、110番通報しようとしたら電話を破壊されたこともありました。酒が入って手の付けようがない客には、店側も毅然と対応する覚悟が必要だと考えます」 民間企業では、外食チェーン「デニーズ」を運営する「セブン・&アイ・フードシステム」が今年10月に行動指針を公表。〈精神的な攻撃〉〈威圧的な言動〉〈合理的理由のない商品の交換、作り直しの要求〉等のカスハラには毅然と対応し〈お客様対応を中止〉、とくに悪質な場合は〈法的措置を含め厳正に対応〉すると明言した。11月には「ガスト」「ジョナサン」を運営する「すかいらーくHD」も「出禁」を含めた対応を取ると公表している。
罰則がない「カスハラ防止条例」は抑止力になり得るのか
また今年10月には、全国に先駆け「東京都カスハラ防止条例」(2025年4月施行)が成立した。 ただし罰則のない「理念条例」なので、カスハラ抑止の有効手段となるかは不透明だ。また客側に「威力業務妨害」「強要」「不退去」「暴行」など明らかな不法行為があったとしても、制止や取り押さえのため相手の体に触れてしまえば、今回の黒かどや氏のケースのように、逆に訴えられるリスクがある。 黒かどや氏は「個人の飲食店でカスハラ対応をマニュアル化するのは難しい」と言う。 「うちは大きなトラブルを避けるため、迷惑客には店主の私の判断で退店を促します。それでも居座る場合は警察を呼ぶ。ただ、警察が介入しても『言った、言わない』『手を出した、出さない』の水掛け論になることが多い。本来は注意書きなど貼りたくないのですが、苦肉の策で店内外に店のルールを掲出、また防犯カメラを設置し、万一のトラブル発生事に“証拠”を残す自衛策を講じている次第です」 ただし、カスハラ客に対して「平身低頭で言い分を聞くのは悪手」と黒かどや氏が続ける。 「明らかに理不尽かつ横暴ないちゃもんを付けられた際、『事態を悪化させないために』と謝ってしまうと、確実に相手は増長します」 司法が介入する事態となる前に、互いに節度を保ち心地よい距離感を保ちたいものだ。