暗闇で感じる〝米の命〟 見えない生活体験、農福連携の契機に
東京・神宮外苑にある体験施設「ダイアログ・イン・ザ・ダーク(DID)『内なる美、ととのう暗闇。』」では、視覚障害者に案内されながら真っ暗闇の中を素足で歩き、語り合い、おにぎりを食べる企画「一粒」が開かれている。「農福連携」で障害者の雇用を検討している農業関係者にも体験してもらいたい企画だという。 案内してくれた「きのっぴぃ」さん DIDは、完全に光を遮断した空間で集団行動や会話を楽しむ体験だ。9月中旬、7人の参加者は携帯電話など音が鳴ったり、光ったりする物を個室に置き、素足になった。暗闇で90分間、スタッフを含む8人で過ごす。 間接照明がついた5、6畳ほどの部屋に入ると、全盲の男性スタッフが「『きのっぴぃ』と呼んでください」と言い、参加者もニックネームを名乗った。互いの距離感が縮まる。一口大、稲穂1本分くらいのご飯を握り、預けた。「照明を落とすので、真っ暗になったら教えてください」 街灯がない田舎道より暗い、完全な暗闇。周りの声や息遣いに耳を澄ませ、突如襲ってきた孤独感を紛らわせた。「茶室の『にじり口』のような小さい出入り口をくぐります」。水が注がれる涼しげな音、ひんやりとした風。室内なのに、田園風景が見えた気がした。暗闇だからこそ、人それぞれの景色が「見える」。
1粒ずつ消えてしまう「おにぎり」
8人で連なり、声をかけ合い進む。列からはぐれると、きのっぴぃが手を取って誘導してくれた。障害の有無や年齢など“見た目”で抱く先入観は、暗闇の中にはなかった。 1人1本ずつ、白杖(はくじょう)が配られ、暗闇の中の歩き方を教わった。「杖を持たない方の手は、軽く握ってください」。物や人に手を向けるとき、けがをしたり、させたりしないためだ。見えない人にとっては当たり前のマナーを知った。 素足で感じる床材が小石から芝生、石畳へと移り変わっていく。能舞台のようなヒノキ床にたどり着き、参加者同士で輪になると、最初の部屋で握ったおにぎりが配られた。 いつも通り「いただきます」と言い、食べ始めた。甘味が強くなると1粒ずつ消えてしまい、はかなく感じた。きのっぴぃが言う。「それが、命を託される感覚です」。米は精米すると発芽できなくなる。命をつなぐ責任を感じ、いつもより思いを込めて、「ごちそうさまでした」と言った。
DIDは1988年、ドイツで差別や偏見のない「対等な会話」の場をつくるために始まり、47カ国の900万人超が体験してきた。日本は今年で25年目。「一粒」は一昨年から秋に開いている。 運営法人の志村季世恵代表は31年前にDIDを知り、人の先入観をなくす体験として日本にも普及したいと考えた。「ここでは『見えない』生活に慣れている視覚障害者が、ハンディを強みに変え、働いています。農家の方にも『一粒』を体験していただきたいです」と語る。 「一粒」は18歳以上を対象に、11月17日まで開催する。料金は、1人5500円。公式ウェブサイトで予約する。 (佐野太一)
日本農業新聞