柴崎友香「発達障害の検査はまるで自分の《地図》を作るよう。困りごとは人によって違うから、〈それぐらい、いいのでは?〉と余裕を持てる世の中に」
2000年に『きょうのできごと』で作家デビュー。2014年に『春の庭』で芥川賞受賞、2024年『続きと始まり』で芸術選奨文部科学大臣賞・谷崎潤一郎賞を受賞など、活躍を続けてきた柴崎さん。幼少期から忘れ物や片付けができないなど、困りごとが多かったという柴崎さんは、コロナ禍をきっかけに専門外来を受診し、ADHDの診断を受けました。そして、自分の特性を理解し対処法を考えるという、その検査での経験を、当事者として書いてみようと思ったそうで――(構成:野本由起 撮影:本社・武田裕介) 【書影】『あらゆることは今起こる』(著:柴崎友香/医学書院) * * * * * * * ◆発達障害の診断と経験を綴る 大学卒業後、大阪で会社員をしながら小説を書いていました。ですが、毎日同じ時間、同じ職場に通うのは向いていなかったようで、次第に定時ギリギリになったり、書類が見当たらずにしょっちゅう探していたりして。 作家として仕事を始め、会社を辞めてからも「私はみんなのように会社勤めができないダメな人間。だから、ひとりで自宅でできる仕事をしている」と思っていました。 私は子どもの頃から忘れ物が多く片づけも苦手で。大人になっても、困りごとは尽きません。家で洋服の山を前にしながら、「これはクリーニングに出さねば」「クリーニング店のカード、どこにやった?」「そうだ、あの原稿、そろそろ締め切りだ」と頭のなかで複数の考えが同時に浮かんで何もできない。 電車を乗り間違えた時には、正しい路線に戻るためのルートや遅れを取り戻すための手段、待ち合わせ相手への対応などが一気に浮かびすぎて、動けなくなってしまうんです。
◆検査は「地図」を作る作業 こうした悩みを抱えていたところ、20年ほど前に『片づけられない女たち』という本に出合い、自分は発達障害の一種「ADHD(注意欠如多動症)」ではないかと思い至って。ですが、専門外来を探して数ヵ月先の予約を取り、診察を受けに行くことは私にとってとてもハードルが高く、長らく受診しないままでした。 ADHDの症状として「多動」というのがありますが、私は頭のなかが常に多動。すぐに疲れてしまうので、一日にできることが限られています。 やっと受診できたのはコロナ禍がきっかけでした。人と会う用事が減って時間があったので思い切って診断を受けることに。内臓疾患のように「この数値が高いのでこの病気」とすぐに診断がつくものではありません。そもそも診断基準も年々変わっていきます。 詳細な検査の結果、私はADHDだとわかりましたが、大事なのは「診断が下りたこと」ではありません。ADHDのなかでも、自分にはどういう傾向があるのか、具体的にわかったことに意味がありました。 検査は、いわば「地図」を作る作業。自分の特性を把握したことで、「脳内に入る情報量が多すぎて疲れるので、インテリアや持ち物の色も減らしたほうがいい」というように、対処法を考えられるようになります。 この経験が興味深く、当事者として本に書いてみようと思ったのです。