相田翔子、中1娘への思い「芸能界とは違う世界に」 子育ての意識は「親友みたいな感覚」
音楽フェス「ママホリ2024」で中村あゆみ、相川七瀬、AIらと共演
歌手で俳優の相田翔子が10月13日、東京・立川ステージガーデンで開催される音楽フェス『ママホリ 2024』に出演する。アイドルデュオ・Winkとして一世を風靡(ふうび)し、現在は中学1年の娘を育てながら音楽活動を続けている。今回は同イベントのオーガナイザーで歌手の中村あゆみが聞き役となり、相田の子育て術や近況に迫った。(構成=福嶋剛) 【写真】相田翔子のWink“復活”2ショット 中村「(相田)翔子ちゃんとお会いしたのは、2018年の音楽フェス『NAONのYAON』以来になりますね。また一緒のステージに立ちたいと思っていたので『ママホリ』で6年越しにその夢がかないました」 相田「私も同じです。デビュー前からあゆみさんの歌が大好きで、カセットテープにあゆみさんの曲を入れて聴いていたんですよ」 中村「ホントに。うれしいです。Winkは私がデビューして4年後にデビューしたので、よく覚えていますよ。見た目はお人形さんみたいにかわいくて、カイリー・ミノーグとか洋楽カバーを日本語で歌っていたので『新しい時代のアイドルが出てきたな』って思いました」 相田「でも、本当は裏方の音楽作家になりたいと思っていたんです。高校の頃から作詞作曲をやっていて、人見知りも激しかったので、まさか自分がアイドルみたいなことをするなんて考えていませんでした」 中村「それは初めて聞きました。Winkって笑っている表情がほとんどなくて、いつもクールでしたよね」 相田「確かに笑顔はなかったですよね(笑)。よく『Winkは愛想が悪い』とか『ちゃんとあいさつができない』なんてよく怒られました。私が極度の上がり症で先輩方の楽屋であいさつをするたびに震えが止まらなくて、頭を下げるだけで精いっぱいでした。家に帰ると『私にはこの世界は合わない』っていつも泣いていたんです」
「曲作りだけは続けたら」の言葉に安堵
中村「そんなことがあったんですね。Winkとして8年間活動して、その後はソロシンガーとして活動していますよね」 相田「Winkの活動が終わりに近づいて、音楽プロデューサーや事務所の社長から『そろそろ次の道を考えましょう』と言われました。それで『Winkが終わるタイミングで辞めます』って言ったんです。私は(鈴木)早智子がいたからWinkをやってこられたので、1人で活動するなんて考えられなかったです」 中村「最終的に歌を続けようと思ったきっかけは」 相田「プロデューサーさんが『あなたはWinkのアルバムでずっと作詞作曲をしてきたんだから、表に出なくても曲作りだけは続けたらどうかな』って言ってくださったんです。その言葉を聞いてホッとして、『やっと、私がやりたかった道に進めるかも』ってすごくやる気が出てきたんです。それで自分の部屋にスタジオを作って、3か月間、寝食を忘れるくらい曲作りに没頭してデモテープを作りました」 中村「すごい行動力。翔子ちゃんは、ソロになってボサノヴァ風の曲をたくさん歌っていますよね」 相田「Winkでは華やか曲を歌っていたので、家に帰ると気持ちをリセットさせるためにボサノヴァを好んで聴いていました。特にセルジオ・メンデスさんやジョアン・ジルベルトさんの曲を聴いているとすごく癒やされたんです。それもあってソロになった時、『ボサノヴァの曲を作ろう』と思いました。そしたら、私が作った曲やファーストソロアルバムのプロデュースをセルジオ・メンデスさんが手掛けてくださることになったんです」 中村「夢のような話」 相田「そうなんです。残念ながら今年9月にセルジオさんがお亡くなりになり、とても悲しいですが、アレンジしていただいた曲達を大切にしていきます」 中村「それじゃあ、今回のママホリでもボサノヴァの曲が聴けるかしら」 相田「Winkの曲も歌いたいですし、『当日のお楽しみ』ということで(笑)。ぜひ、会場に遊びに来ていただけるとうれしいです。ソロになってからは、いろいろと試行錯誤の毎日なんですよ。思い切った路線変更だったので、初めはファンの方も驚いたみたいでソロライブにお客さんが集まらない時もありました。今はファンのみなさんに楽しんでもらうことと私がやりたいことのバランスを考えながら活動を続けています。曲もたくさん作っているので、またどこかのタイミングで出したいと思っています」 中村「今回はママアーティストたちが集まるフェスなので、翔子ちゃんのお母さんとしてのお話もお聞きしますね。お嬢さんはおいくつになりましたか」 相田「中学1年生になりました」 中村「じゃあ、子育てはちょっと落ち着いてきたかな」 相田「そう思っていたんですが、実際はその反対でした。学校の宿題、部活動、塾、習いごともいろいろ増えて『小学校よりも忙しいじゃない』って(笑)」 中村「子育て真っ最中のママとパパは本当に必死なのよね。私も娘のお弁当作りは大変でした。音楽活動で忙しくなるとちょっと手を抜きたくなるんだけど、すぐにバレちゃうの(笑)。だから、深夜に帰ってきても朝まで寝ないでフラフラになりながらお弁当を作って、娘を送り出してから倒れるように寝ていました」 相田「あゆみさんもそうだったんですね。私もずっと夜型の生活だったのですごく分かります。最初は『朝6時台に起きれるかな』ってドキドキでした。でも、覚悟を決めてやってみると、『なんてすがすがしいんでしょう』『コーヒーがおいしい』って(笑)。娘とお弁当のおかげで朝の時間がすてきに思えるようになりました」 中村「切り替えが速い。でも、子育てと音楽活動の両立って大変でしょ」 相田「ホントそう思います。私ってやりたいことを詰め込み過ぎてすぐにテンパってしまう性格なんです。だから、すぐにピリピリしちゃって家族に悪影響が出ないか心配になることもあります」 中村「でも、どんなに忙しくても音楽活動はちゃんと続けているんだ」 相田「娘が大きくなったこともあって、やっと少しだけ気持ちに余裕が持てるようになりました。幼稚園くらいの頃が一番大変でしたね。ライブを控えていたある日、家でマイクを持ちながら歌の練習をしていたんです。そしたら、娘がそのマイクをどこかに隠しちゃったんです。かまってもらえないって思ったんでしょうね」 中村「かわいい。寂しかったんだ」 相田「それで私が困った顔を見せたら、娘がマイクの代わりにおもちゃの『黒ひげ危機一髪』の黒ひげを渡してくれたんです。黒ひげの頭がマイクみたいだからって(笑)。それで歌の練習を始めたら、娘の気持ちがすごく分かって涙が止まらなくなってしまったんです。それ以来、ライブではその黒ひげをお守りみたいにステージのどこかに置いて歌うようになりました」 中村「すてきなお話。子どもの焼きもちってありますよね。私も娘が小さい頃、ライブ会場や現場に連れて行くと、関係者と話をしていても『私のママだ』って主張するの。高校生くらいになると今度は自分と同じか、それより下に見てくるようになった(笑)。でも、親ってそんな成長さえもうれしくなっちゃうんですよ」 相田「そうですよね。今では私が歌の練習を始めようとすると『ママ、ライブ頑張ってね。私も学校やピアノの発表会を頑張るから思い切って歌ってきてね』って譜面台に娘からのメモ書きが置いてあって。彼女もだんだん家にいる時間が少なくなってきたので、今度は私の方が寂しいんですよ(笑)」 中村「そんなメモ書きを見たら号泣しちゃうね」 相田「踊りの練習の時は、私より上手に踊れるので自慢げに部屋に入ってくるんです。そして、『こうやってみて』って完全に娘が振付師です。ピアノも小さい頃から習っているので、私がギターを弾いていると即興で合わせてくれて一緒に家で演奏することもあるんですよ」