松下幸之助、本田宗一郎、稲盛和夫…「お金のためだけじゃない」経営は、なぜ長期的に企業を成長させるのか?
■ 今も生きているプロテスタンティズムの精神 入山 アメリカで活躍する著名経営者の一人に、ユベール・ジョリーという人物がいます。「ベスト・バイ」というアメリカの家電量販店を立て直した人で、彼のやっていることがまさにパーパス経営なんですね。著書『THE HEART OF BUSINESS(ハート・オブ・ビジネス)』(英治出版)を、私は日本経済新聞夕刊の「目利きが選ぶ3冊」という書評欄で「多くの方に一読を強くお薦めする」と絶賛しました。 彼はこの本のなかで、「人間はお金のために働くんじゃない。でも、だからこそ人間は一生懸命に働くことができる。結果としてお金が儲かるんだ」と書いています。さらに、本書で彼は、なんとルターとカルヴァン、プロテスタントにも言及しているんです。少し長いですが、引用しましょう。 プロテスタントの宗教改革家たちは、仕事を喜びと充実感の源泉だとみなし、物を作る肉体労働を何世紀にもわたって軽視してきた労働観を覆した。マルティン・ルターとジャン・カルヴァンは、精神的、宗教的なものに限らず、何かを作る仕事はどれも天職や使命とみなすべきで、神や社会に仕える方法であり、神から与えられた才能を発揮する手段だと考えていた。(中略) プロテスタント的な仕事への熱意については、私が1985年に初めてアメリカに移住したときに知り、衝撃を受けた。当時マッキンゼーのコンサルタントだった私は、パリからサンフランシスコの支社に移り、そこでポジティブな考え方とエネルギーを目の当たりにした。シリコンバレーの起業家から、スタンフォードやバークレーの医学研究者や学者たちまで、私が出会った職業人たちは自分の仕事について情熱的に語っていた。 困難を嘆くのではなく、解決すべき新しい問題を前に奮起し、それを好機だと受け止めていた。そこでは仕事が「耐えるべきもの」ではなかったのだ。仕事とは良いもので、自分の知性や創造性を発揮する手段だと考えられていた。「幸福追求」のための手段であり、まさにアメリカン・ドリームの核をなすものとされていた。 〔樋口武志訳〕 彼自身はカトリックですが、アメリカで浸透しているカルヴァン派の考え方がものすごく重要だと指摘しているんです。このことを見ても、やはりウェーバーの主張は非常に現代的なテーマなんだと感じます。 パーパス経営もそうですが、人は何のために働くのかを考えると、お金のためだけではなく、最後は結局「何のために生きるのか」ということになる。これは人類が昔から悩んでいることですね。 池上 プロテスタンティズムの精神はまだ生きていると思ったのが、2010年のユーロ危機のときだったんですよ。危機に陥った国の頭文字を並べて、「PIIGS」と呼んでいましたよね。ポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシャ、スペインの五カ国で、ちょっと侮蔑的なニュアンスもありました。 このうちギリシャは東方正教の国で、あとは全部カトリックです。プロテスタントの国は危機に陥らなかった。これを見て、ウェーバーの言っていた倹約の精神は現代でも変わらないのかもしれないと思ったんです。カトリックの人たちは、稼いだら教会に寄付してしまったりしますからね。だから経済が落ち込むのかなって。
池上 彰/入山 章栄