市川青虎『裏表太閤記』演出補・「プレッシャーはあるけど面白くてやめられない」【今月の歌舞伎座、あの人に直撃!! 特集より】
次々に判断していかなければ先に進まない
── これは失敗したなあということも時にはありますか。 青虎 山ほどありますよ。「あの人に伝えておかなきゃいけないことがあったのに忘れていた」とか「確認しなきゃいけなかったのにできてなかった」とか。誰に何を伝えるか、なるべく台本などに付箋つけて忘れないようしているつもりですが時々落ちていたりします。それと台本を何稿も重ねていくうちに、「あれ、ここはなぜこうなったんだっけ」となることもありますね。 ── 要所要所でどんどん判断していかなきゃいけない。 青虎 そうです。自信がないからといって「どうしよう、どっちがいいかなあ」なんて思っている猶予がない。間違っていたとしても判断しなきゃいけない。そうでないと各所どんどん遅れていくので「決めてください」ってよく言われます。慣れないうちはそれが怖くて。ただどちらを選択してもどこかにしわ寄せがいくし、何か言う人は言う。だったら即座に決めるしかない。「決めたときは良いと思ったのですが、いざやってみたら良くなかったので戻してください」とか結構辛いものです。 ── 大先輩に対しても、ですよね。 青虎 そうなんです。たいてい何かしらお伝えしなきゃいけない相手は各所のチーフだったり大先輩だったり、たいがい年上の方に言うことになるので勇気が要ります。でも皆さん、僕の決断を尊重してくれます。一番嫌だなあと思うのは、自分で「これだ!これが良い」と決めたのに、だんだん「あー、違ったなあ~」って自覚した時ですね(笑)。 ── ちなみに座組が変わるたびにLINEグループを作ったりするのですか。 青虎 今回は演出関連のグループがあります。皆さん東京にいるとも限らないし、それぞれで話を進めておかなきゃいけないことが多いので、話題によってはご宗家にメンションしたり製作の人にメンションしたりしています。 ── そして構想の段階から舞台に乗せるまで、紙や映像など膨大な資料が発生すると思いますがどう整理していますか。 青虎 いやほんとに僕が知りたいですよ。家はもう書類の山。キッチンの足元にも積んでいます。道具帳の図面とか改訂版が来るたびに新たな山ができる。毎月新作が続いていた時期は、家の中に、今月昼の部はこのゾーン、夜の部はこのゾーン、なんて山だらけでした。今はだいぶ捨てられるようになってきました。これはもう持っている必要ないな、とか判断できるようになってきたからかな。 ── 芝居を作っていくにあたり、青虎さんが大事にしている価値観とか美意識とかはどのように育まれてきたのでしょう。 青虎 考えてみるとうちの師匠(二世猿翁)は役者であると同時に常に演出家であり、僕が十代のころから当たり前のように演出席に座ってらした。その姿を見てきたというのはあります。例えば夏休みになると軽井沢の合宿所で、芝居の稽古、同時に翌月のスーパー歌舞伎の稽古、とにかく稽古をずーっとしてました。そして晩御飯のときもずっと師匠の芝居の話を聞く。そういう環境で役者として育ってきたんですね。 一方で、うちは祖父が映画館(「文芸坐」)を経営していたのもあって、演劇も映画もいろいろ教えてくれるんです。小学生の頃はまったのは三谷幸喜さんの「東京サンシャインボーイズ」の芝居でした。井上ひさしや木村光一の芝居、三谷さんの芝居もテレビドラマの古畑任三郎シリーズよりずっと前から「観た方がいい」と教えてくれて。三木のり平の『喜劇 雪之丞変化』や、僕が役者になりたいと思うきっかけとなった『ヤマトタケル』も、祖父がすすめてくれたんです。ワクワクしながら劇場に行った体験ってほんとに大事なんだなと、今改めて思いますね。大人になると筋を理解しようとしてしまうけど、子供は何も考えずに楽しめる。ディズニーランドもそうですが、アトラクションに並んでいる時間も楽しいじゃないですか。あの演出された空間にいるだけで楽しい。 ── そのころ観た芝居や映画が今、何か作るときのベースになっているのでしょうか。 青虎 それはありますね。その後も自分はこのまま歌舞伎役者をやっていっていいんだろうかと迷った時期があって。大学生になった頃ニューヨークへ行って、安いボロアパート借りて、安いチケットで芝居だけはたくさん観ました。そういう経験は今思えば財産になってるかもしれません。 ── 今はそういう時間はありますか。 青虎 それがなかなかできないんですよ。それどころか映画やドラマ、観るのもきついんです。仕事目線になってしまうから。なので最近自分なりに充電する方法を思いついたんです。自分が好きな映画を好きな場面だけ早送りして観る。それだとストレス溜まらなくていいみたいです。昨日も『RENT』を早送りして好きな場面だけ観ました。