櫛野展正連載「アウトサイドの隣人たち」:まとまりきらないほど 人生はいい。
「クビかウチクビか」 この奇妙な名前のアートプロジェクトが静岡市で開催されている。主催しているのは、HAHAHANO.LABO(ハハハノラボ)という「ハハハなコトをハハハなヒトと」を合言葉に、「オレは障害者じゃなくて問題のある子」という息子KANくんと、たまたまデザインを生業としていた母である二宮奈緒子(にのみや・なおこ)さんが、「何か面白いことはないかしら?」と周りを巻き込んで始めた活動の総称だ。 特別支援学校を卒業後、クロネコヤマトに就職し、カタログやチラシなどのメール便を自転車で配達する業務に携わっていたKANくんだが、日本郵便に同業務が移管されることに伴い、突然慣れ親しんだ職場を解雇されてしまった。「この子、仕事をクビになっちゃってね~」と話のネタに周囲へ吹聴していた二宮さんだったが、あるときKANくんから「母さん、クビと打首とどっちが良いかな」と尋ねられた。ここで二宮さんは、ふと我に返る。「確かに、昔だったら打首だと死んじゃってたし、それなら仕事をクビになるなんて大したことないかもね」と。 こんな風に、KANくんは時々目が覚めるような言葉を投げかけてくる。あるときは、テーブルなどに設置して荷物を掛けることができるバックハンガーを、KANくんがECサイトで購入したところ、手書きのお礼状付きで商品が届いた。すると、翌日また同じ商品が。次の日も同じものが届き、計4個になってしまったようだ。ひとつが高額なため、当然のことながら、大喧嘩になったが、KANくんが、そのとき呟いたのは「あぁやべえ、痛恨のミス。でもな母さん、大丈夫まだ金はある。これだけあれば、母さんも吊るせるし」という言葉だ。それらを面白がって、二宮さんはデザインへと落とし込んでいく。いまでは、仕事の8割ほどが、KANくんが描いた言葉やイラストが使われているという。
文=櫛野展正