鈴木大裕『崩壊する日本の公教育』(集英社新書)を本田由紀さんが読む(レビュー)
「人が人でなくなっていく」教育へ警鐘
本書の著者の鈴木大裕(だいゆう)氏は、アメリカで高校から大学院まで学び、日本での中学校教員経験ももち、現在は土佐町議会議員という振幅の大きいキャリアの中で、一貫して教育について考え発言し続けてきた方だ。前著『崩壊するアメリカの公教育 日本への警告』(岩波書店)は、新自由主義が支配するアメリカの教育の現状をつぶさに描いて、日本の教育研究界隈でも注目された。それに次ぐ本書は、アメリカを写し鏡として、いよいよ日本の教育の諸問題に肉薄している。 本書は、ゼロトレランス(逸脱行動を許さない厳格な生徒指導方針)、パフォーマンス・スタンダード(「何ができるようになるか」という学習到達度の基準)、メリットペイ(達成を学校や教員の評価や報酬・予算に反映させること)などのキーワードをふんだんに用いて日本の教育の現状を記述している。 これらはカタカナ語であることからもわかるように、主にアメリカで推進されてきた諸方針であり、日本ではアメリカに追従するようにそれらが導入されてきた。アメリカではすでに弊害が明らかになって見直されたものでさえ、日本ではいまだに幅を利かせている。 こうした競争的な新自由主義教育政策に、日本の教育の歴史に染みついた「お国のため」という富国強兵的政策が再浮上して合体しているのが、日本の現況である。このような教育現場で、教師は信念や仕事への誇りを奪われ、子どもたちは教員や社会への信頼を奪われ、いずれも「人が人でなくなっていく」と著者は指摘する。そのような苦い現状認識をふまえて、著者は改めて、「学ぶ喜び」「子どもの幸せ」「遊び」「すきま」などの、忘れ去られそうな大切なものたちを呼び覚まそうとする。 日本では急激な少子化が進んでいるが、学校では子どもの不登校や自殺、いじめが急増しており、教員は世界最悪の長時間労働を課されて心身を病む者も多く、成り手の確保も覚束ない。そこに関わる人たち――子ども、保護者、教員――は、何か変だ、何でこんなことに、と思いながら苦しい日々を送っているだろう。その病巣を言い当て、目指すべきものを示す本書に救われる人々は多いのではないか。ぜひ手に取ってもらいたい。 本田由紀 ほんだ・ゆき● 東京大学大学院教授 [レビュアー]本田由紀(東京大学大学院教授) 協力:集英社 青春と読書 Book Bang編集部 新潮社
新潮社