安藤優子×浜田敬子×星薫子が見た「母・妻・娘」ケアの担い手として女性が受けた差別
ヒジャブを身につける意味とは?
イラン女性を思い浮かべるとき、ヒジャブ(イスラム教で定められている女性の髪を覆うスカーフ)を身につけている姿が浮かぶという人も多いだろう。このヒジャブが今のイランでどういった意味を持つのか、ナルゲス・モハマンディは次のように綴っている。 「ここではっきり宣言します。イラン・イスラム共和国がヒジャブを強制するのは、宗教上のルール、社会習慣、伝統を尊重しているからではありません。あるいは、彼らの言う女性の評判を守ためでもありません。そうではなく、イラン社会全体を掌握する手立てとして、彼らはあからさまに女性を抑圧し、支配しようとしているのです。国は専制政治と女性への抑圧を合法化、制度化しました。イランの女性は、もはやこんな事態に我慢はしません」(『白い拷問』より) 浜田敬子(以後、浜田):「2022年にヒジャブの被り方が正しくないという理由でイランの女子学生が逮捕され、身柄を拘束されている最中に急死するということが起こり、大規模な抗議活動が引き起こされたことは日本でもニュースになりました。もちろん、イスラムの教えでは厳格な服装の決まりごとがあることは知っていましたが、この本を読んでヒジャブが抑圧と支配の象徴となっていること、2022年に広がった抗議活動の意味があらためてクリアになりました。 もうひとつ、独房に拘禁されたナルゲスさんと13人の女性の証言を読んだことで、たとえば電流を流されたとか殴られたというようなことがなくても、彼女自身気づいていない持病があり、昼夜がわからないような状況の独房で生活したら、拘禁反応が出て亡くなるということがありえるのだと知りました。女子学生が獄中でなぜ亡くなったのかあきらかになっていないので、これは想像でしかありません。ただ日常的に、イランの刑務所のなかで何が行われているのか、それがどのように影響するのか本質に近づけた気がします」
母親は”白い拷問”の効き目が何倍にもなる
安藤:「実は私がこの本でいちばんハッとしたのは、『イラン社会における女性は、子どものケアの主たる担い手である』というところなんです」 本書にはこのように綴られている。 「イラン社会における女性は、子どものケアの主たる担い手なので、そこを突かれる。尋問官には『恥知らずな信条』のせいで子どもに害を及ぼしていると責められる。もちろん女性も拘禁される前にこの代償を分かってはいるが、尋問官はそこにさらに塩を塗り込むように、被告を社会的に恥ずべき汚名を着せられた存在だとなじる。体制はまた、拷問の一手段として、拘禁中の母親を子どもに会わせない」(『白い拷問』より) 安藤:「この拷問のひどいところは、ケアの担い手である母親が子どもと引き裂かれるところです。男親は子どもと引き離されても苦しまないと言っているわけではなくて、ケアの担い手である母親で、夫に従属する立場の女性だと拷問の効き目が2倍、3倍と加速するからよりひどいと思うんですよ。ケアの担い手である女性の弱点を突いているんです。これほど惨たらしくて卑劣なやり方はありません」 星薫子(以後、星):「ナルゲスさんの手記のなかにも、アリくんとキアナちゃんという双子が3歳半になった2010年に2度目の収監をされたときの状況が描かれていますが『キアナから離れることは人生で最もつらく、胸が張り裂ける瞬間だった』とあります。2023年のノーベル平和賞授賞式はもちろん、刑務所にいるナルゲスさんは出られませんから母の代理として17歳のアリくんとキアナちゃんが出席していました。刑務所からひそかに持ち出された母のメッセージを代読したのですが、フランス語で読んでいたのが切なくて胸がつまりました。フランス語なのは、2015年に安全のためフランスにいる父の元へ密航により亡命したからなんです」