シニアの労働意欲を削ぐ『在職老齢年金』の見直し
働き控えを生じさせる「年収の壁」問題が注目を集めているが、一定の収入がある高齢者への公的年金給付を減額あるいは停止する「在職老齢年金」制度も、同様に高齢者の勤労意欲を削ぎ、人手不足問題をより深刻にしている面がある。そこで厚生労働省は、来年の5年に1度の年金制度改革で、「在職老齢年金」制度を見直す方針を固めた。 在職老齢年金制度のもとでは、働く65歳以上の人は、賃金と年金の合計が月額50万円を上回る場合に、上回った分の半額、年金給付額が減らされる。賃金の高い人は、年金給付額がゼロになる。 在職老齢年金制度の見直しでは、年金が減らされる基準を現在の50万円を62万円や71万円へ引き上げる案が検討されている。ただしその場合、働く高齢者で収入が多い人の年金給付が増える一方で、将来世代の給付水準の低下が課題となる。また、在職老齢年金制度の廃止も選択肢の一つとして検討されている模様であるが、その場合には、将来世代の給付水準の低下がより深刻になる。 2022年度末時点で、働きながら年金を受給する65歳以上は約308万人だった。そのうち約50万人の月収が当時の基準額47万円を超えており、年金給付が減額されていた。減額の総額は年間4千億円以上であった。在職老齢年金制度を廃止する場合には、この規模で給付の増加が生じる。 在職老齢年金制度の見直しで生じる給付増加への対応としては、将来世代の給付水準を引き下げること以外に、現役世代で高所得の会社員らの保険料負担を増やす案も検討されている。 いずれにせよ、高齢者の働き控えを緩和するために在職老齢年金制度を見直せば、年金財政が圧迫され、新たな財源確保が必要となる。それは、世代間での利害の衝突にもつながるだろう。 年金財政の健全性維持と労働供給確保の両立を求められるのが、今回の年金改革の大きな特徴となっている。この観点から、「130万円の壁」問題を生じさせている「第3号被保険者」、つまり配偶者に扶養されるパート主婦などの制度見直しも必要である。しかし、「第3号被保険者」の見直しは、在職老齢年金制度の見直しよりも格段に複雑であることから、なお検討が続けられ、来年の年金改革には盛り込まれない方向だ。 (参考資料) 「働く高齢者の年金減「緩和」へ 厚労省、人手不足対策で」、2024年11月19日、共同通信 「働く高齢者の年金減 緩和*厚労省*基準額引き上げ案」、2024年11月19日、北海道新聞 木内登英(野村総合研究所 エグゼクティブ・エコノミスト) --- この記事は、NRIウェブサイトの【木内登英のGlobal Economy & Policy Insight】(https://www.nri.com/jp/knowledge/blog)に掲載されたものです。
木内 登英