気候の壮大さを6分間の音楽に、弦楽四重奏曲第1番『極域エナジーバジェット』
感情を動かす
データを音に変換するというアイデアは、他の科学分野でも大きな効果をあげている。例えば米航空宇宙局(NASA)は、ソニフィケーションの技術を利用して銀河や星雲などの天体の特徴を音にしている。 気候科学者のスコット・セント・ジョージ氏は、「音楽は世界共通の言語であり、気候科学者が用いる通常のツールにはできないやり方で多くの人々の心にメッセージを届けることができます」と言う。 氏は、作曲家のダニエル・クロフォード氏と米ミネソタ大学のチームとともに、気候データに基づく作品として評判になった先駆けの曲『温暖化する地球の歌(Song of Our Warming Planet)』と『惑星のバンド、温暖化する世界(Planetary Bands, Warming World)』を創り上げた。 「私たちは、気候変動について普通の方法で伝えようとしてきました。それはある程度は成功しましたが、私たちが求めるレベルには達していませんでした」とセント・ジョージ氏は言う。 「私たちは気候変動について考えたり聞いたりしますが、気候データを音や、よりちゃんとした音楽にすると、気候変動を心で感じられるようになります。音を聞いたときの本能的な反応こそが、この種のプロジェクトを成功に導くのです」 永井氏の作品では、芸術的解釈の役割がより大きくなっている。氏は自身の手法を「ミュージフィケーション(音楽化)」と呼び、音の強弱を変化させたり、音を長くしたり、メロディーラインを強調したり、リズムを発展させたりといった一般的な音楽でみられる作曲技法を駆使して緊張と緩和の感情表現を展開し、感情の解放を生み出している。 「元のデータが同じでも、メロディーの雰囲気は、作曲家が設定したパラメーターに基づいて大幅に操作することができます」と氏は言う。 永井氏は、自分の研究が気候データを芸術に変えようとする人々のヒントになることを願っている。 「データから音楽を創り出す方法論を提案し、実際にやって見せることで、地球科学データへの認識を高めたいのです」と氏は話す。 「地球科学データは、芸術家に無限のインスピレーションを与える未開拓の資源です。かつて手付かずであった金や石油の掘り出し方を確立した時代のように、人間の発想を超越したメロディーラインやリズムを科学データの中から採掘する技術が発展すれば、音楽や芸術の表現の幅がさらに広がるはずです。私は、科学者以外の人々がまったく新しい目的のために地球科学データを自由に操れる時代を切り開くことが不可欠だと信じています」
文=Melanie Heiken/訳=三枝小夜子