奈良美智 「はじまりの場所」への旅。故郷・青森でしか見られない展覧会に込めた思いとは?
国内外で活躍する奈良美智の大規模個展『奈良美智: The Beginning Place ここから』が青森県立美術館で開催されている。東日本大震災後に試行錯誤しながらたどり着いた新たな境地とは? 故郷である青森でしか見られない展覧会に込めた思いはどんなものなのだろうか 【写真】奈良美智の大規模個展 展示作品をチェック!
奈良美智にとっての「The Beginning Place」、それは紛れもなく青森だ。弘前市郊外に生まれ育った彼の原風景は、緩やかな丘の上の一軒家と、そこから広がる草原や、戦時の雰囲気が残る校舎、まさに昭和の時代、高度経済成長期の日本である。 成長とともに失われていく自然、昔ながらの建物、人々のつながり、そこに変わらぬ姿で在り続ける岩木山。いわゆる美術とは無縁の環境で、留守番をしながら本を読み、チラシの裏に絵を描き続けた多感な美智少年は、ラジオのFEN(現AFN)でアメリカ音楽に触れ、レコードジャケットからサブカルチャーの息吹を吸収しティーンエイジャーになった。世界の奈良美智の原点を丁寧にすくい上げ、「ここから」始まった旅の軌跡を彼の作品とともにたどる展覧会である。 展覧会のコンセプトや構成は、同じ青森県弘前市出身の学芸員、高橋しげみがつくった。青森県立美術館は1998年から奈良の作品を収集し、国内一のコレクションを有する。25年来、奈良の作品と向き合ってきた同館だからこそ実現できたと言える。 「今までの展覧会はすべて自分で考え、責任を負う覚悟でつくってきた。今回は、自分の活動を長く知る高橋学芸員が客観的な視点で組み立てて提案してくれたので、プレッシャーを感じず迷いなく展示ができた。展示がこんなに楽しかったのは初めてです。ここで生まれ育って感性を育んだということが、自分の中でも再確認された」
作品の変遷、そして東日本大震災という転機
奈良美智の作品といえば、強い線で描かれた鋭い目つきの子どもの絵や、青森県立美術館のシンボル《あおもり犬》(2005年)を思い浮かべ、可愛くてちょっとパンクなテイストのドローイングが施されたミュージアムグッズを愛用する人も多いだろう。 展示の第1章「家」には、故郷の風景と、原点、よりどころとしてのホームの意味が込められている。 「捨てたつもりの絵を友達が拾って持っていた。自分では恥ずかしいが」と語る最初期の油絵《カッチョのある風景》(1979年)が初公開され、奈良の絵画の原点はここか、と現在までの変遷に一段と興味が湧く。岩手県で育った松本竣介を思わせる作風からは、よく言われる漫画やアニメの影響とは異なる奥行きが感じられる。 そこから広がる第2章「積層の時空」には、ドイツ留学・滞在、そして帰国後の国内外での活躍と、奈良の歩みとともに変化してきた絵画や、陶芸、彫刻作品が並ぶ。近年は複雑なテクスチャーと色彩の積層に佇み、観る人に真正面から相対する少女像の絵画が代表作となっているが、大きな転機は2011年の東日本大震災だった。 「大変な状況の中で、音楽の人は歌で勇気づけたりできるのに、美術は余裕があって初めてできる、自己満足でしかないように思えて、絵を描くことができなくなった。そんなとき、ちょうど母校(愛知県立芸術大学)のレジデンスに誘われたので、そこでとにかく土と格闘しました。道具は使わず大きな粘土の塊を塑造していくうちに、リハビリができた。手を動かしていると、忘れていたことを思い出します。もともと人間には記憶を未来につなげたり、新しいものをつくりだす力がある、とか、つくりながらそんなことをずっと頭の中で考えていって、元気を取り戻したんです。故郷を見つめ直すとか、人はコミュニティで暮らして助け合うとか、東北の歴史とか、今まで大きな考えの下に隠れていたところに自分の本質がある。それに気づかせてくれたのが東日本大震災でした。だから負のイメージがどうしても強いけど、その負のイメージを自分は全部プラスのイメージに変えて、生きていきたいと思った」 そうして再びキャンバスに向かい、完成したのが《春少女》(2012年)、坂本龍一が中心となり発行された『NO NUKES 2012 ぼくらの未来ガイドブック』の表紙にもなった作品だ(今回は実作でなくバナーを展示している)。