奈良美智 「はじまりの場所」への旅。故郷・青森でしか見られない展覧会に込めた思いとは?
遠くへ行けば行くほど、自分の故郷に近づいていく
「小学校6年生の文集のテーマが『夢』で、同級生たちは将来なりたい職業、バスの運転手とかピアニストとかを書いていて、自分だけ『ひとりで世界一周したい』と書いた。その夢はかなったけど、美術家とかアーティスト、画家とか言われても、いまだに職業として意識したことがないんです。 美術とかサブカルチャーの世界で、社会から隔離されて部屋の中で制作している、そんなイメージで見られてきたかもしれない。でも、最近は旅をしたり、子どもたちと絵を描いたりするのが楽しい。アフガニスタンや台湾の山岳部とか、自分の美術が届いていないような国、地域でも、人間としてみな接してくれる。そこの小さなコミュニティで、美術に限らず自分ができることをやって一緒に楽しむ。 日本人からもうちょっと広がって、自分はアジア人だな、という感覚も身についてきた。美術も同じで、西洋の美術と日本の美術とを分けたり混ぜたりするのは違うんじゃないか。何かもっと美術とカテゴライズされないくらい、地球を包み込んでいけるもののはず、と考え方が大きくなりますね」 「NO WAR」をテーマにした《平和の祭壇》は1 室丸ごとのインスタレーションだ。大きな白い彫刻《台座としての「森の子」》の頭の上にはたくさんの小さな犬。絵画、ドローイング、小屋のインスタレーションなどとともに、奈良の家から持ち込んだマスコットや人形、レコードジャケット、本などが並べられている。奈良にとって反戦、非戦のメッセージはごく身近なもので、空間に共存しているさまざまなものたち、作品がそれを伝えている。 「最初は何これ可愛い、という感じで観る人も、ずっと観ていくうちに自分の興味のないものまで見えてくる、その中で僕の言いたいことが自然に伝わっていくんじゃないか。どこかでそれぞれの人の中につながるものがあるんじゃないかと思う」
ロック喫茶「33 1/3」と小さな共同体
「高校生のときに、先輩たちに誘われて一緒に造ったロック喫茶。今で言うDIYですね。もちろんずっと記憶にあったけど表に出してこなかったものを、高橋学芸員が『奈良さんの原点はそこにあるんですよ』と。そういえば、小さなコミュニティでそこに集う人たちと好きなものをつくる、という活動をずっとしてきたし、最近は特に大きな組織とか枠組みが嫌になって、その傾向が強い。それは原点に返っているんですよと言われて、確かにそうなんです。でもまさかそれを再現することになるとは思ってもみませんでした」 同じ年代を過ごした人にはたまらなく懐かしい、初めて触れる人にも親しげに語りかけてくる空間だ。高校生の奈良にとっては「自由」を体現する場所だったのかもしれない。「君は絵がうまいから美術大学に行けば?」と言われ、進路の選択肢が開けたのもここだ。 ところで、入り口に貼られているこの展覧会のポスターは、随分と年月を経て、まるで1970年代からそこにあるような佇まいだ。 「家に帰るところから始まって、最後にはあの小屋にたどり着くんだけど、実は、あのロック喫茶はずっと存在していて、しかもこの展覧会が終わったあとも存在しつづけていて、タイムスリップしてここにぽんと今ある。だからポスターが古くなっている。みたいな、ちょっと多重構造的、マルチバース的なことをやってみた。何かもう自分の人生が神様の手のひらの上で再現されてるような感覚ですね」 高橋学芸員は「青森だから特別なわけではなく、ありふれた場所なんです。奈良美智というアーティストが、日本の小さな場所で自分の感性を育み、想像の翼を広げて大きな世界へ羽ばたいた。それは希望なんです」と語った。 “There is no place like home.” 映画『オズの魔法使』に登場する、奈良の好きな言葉だ。家に、ホームに勝る場所はない。移り変わる現実において、物質としてのその場所は失われたとしても、心の中に在り続ける、と彼は言う。 展覧会は秋から冬へ、寒い季節に観客を待っている。その凍てつく空気、雪景色も含めて、奈良美智の原点だ。彼と一緒に時間旅行をする「はじまりの場所」は、今ここにある。 『奈良美智: The Beginning Place ここから』 会期:~2024年2 月25日(日) 会場:青森県立美術館 青森市安田字近野185 https://www.aomori-museum.jp/ 奈良美智 なら・よしとも●1959年青森県弘前市生まれ。1987年愛知県立芸術大学大学院修士課程修了。1988年渡独し、’93年まで国立デュッセルドルフ芸術アカデミーで学ぶ。欧米や日本で作品を発表しつづけ、2000年にドイツから帰国。2001年、日本で初の大規模な個展『I DON’TMIND, IF YOU FORGET ME.』を開催。2012~’13年には東日本大震災を経て再考された個展『君や 僕に ちょっと似ている』が全国3カ所を巡回。今回の展示以外にも海外での大規模な展覧会が続々と決まっている。 BY YAYOI KOJIMA, EDITED BY MICHINO OGURA