「ジョブズはアスペルガーだった」説は迷惑… 精神科医が説く“不利ばかりではない”社会事情
アスペルガー傾向のある人にとって現代は「不利」でも「有利」でもある
異常か正常かは、時代背景によっても変わってくるかもしれない。アスペルガー障害の特徴として、数字や論理には強いが、感情表出や目と目を合わせる活きたコンタクトが不得手なことが挙げられる。ということは、接客や営業など巧みなコミュニケーション技術を要する業種に向かないことは明らかだろう。コミュニケーションをますます重視する社会の流れには、残念ながら抗えない。 しかし、アスペルガー傾向のある人にとって時代が不利にばかり動いているわけではない。たとえば急速なIT化が著しい現代を生き抜くには、感情よりも論理優位のほうがかえって生き抜きやすい。こういった社会では、アスペルガー傾向は、障害ではなくむしろ強みとなる。 人工知能やロボットの進出は、対人接触サービスを減らす可能性があることも、アスペルガー傾向の人にとってはプラスの要因なのかもしれない。裕介のような人でも精神科外来に来てしまうのは、時代の流れだとわたしは思う。この事実を受け入れながらも、憂慮すべきは、アスペルガー障害とは診断できないレベルの人が、社会環境との摩擦から、自分の大切な個性を異常と見なしてしまうことである。 正式診断名である「自閉症スペクトラム症」の中の「スペクトラム」が示すものは曖昧である。それだけに自閉症スペクトラム症を自称してしまう者が増えてしまわないかが、危惧される点である。裕介のような人は、扱いづらいのかもしれないが、周囲を振り回して翻弄することは少ない。基本的には相手に対する想像力は乏しく、自分の枠にはまった考え方の中で生きているからである。 *** この記事の前編では、同じく『自分の「異常性」に気づかない人たち』(草思社)より、祐介が精神科を受診するに至った理由や、アスペルガー障害の検査内容について詳しく解説している。
【著者の紹介】 西多昌規(にしだ・まさき) 早稲田大学教授、早稲田大学睡眠研究所所長、精神科医。1970年石川県生まれ、東京医科歯科大学卒業。国立精神・神経医療研究センター病院、ハーバード大学客員研究員、自治医科大学講師、スタンフォード大学客員講師などを経て、早稲田大学スポーツ科学学術院・教授。日本精神神経学会精神科専門医、日本睡眠学会総合専門医、日本スポーツ協会公認スポーツドクターなど。専門は睡眠医学、精神医学、身体運動とメンタルヘルス、アスリートのメンタルケア。著書に『眠っている間に体の中で何が起こっているのか』(草思社)、『休む技術』(大和書房)ほか多数。 デイリー新潮編集部
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