戦争と「戦う」ウクライナのサッカーファミリーを思う
開戦2年に思うこと
SHISHAMOというバンドの「明日も」という歌に「月火水木金 働いた ダメでも 毎日頑張るしかなくて だけど金曜日が終われば大丈夫 週末は僕のヒーローに会いに行く」という歌詞がある。これはJリーグのサポーターの心情を表現したものと言われている。 Jリーグだけではない。週末に自分のひいきチームを応援するのは、世界のサッカーファンにとって「当たり前の日常」である。ホームゲームであればスタジアムに行きたいし、場合によっては遠征してアウェイゲームも応援する。代表戦になれば他のクラブのサポーターと一緒にナショナルチームを応援する。 戦争は、こんな「当たり前の日常」を奪う。来日したシャフタール・ドネツクの主要選手の経歴を調べても、戦争が強く影を落としていることがすぐにわかる。 チャンピオンズリーグのバルサ戦で決勝ゴールを決め、アビスパ戦でも先制ゴールを上げたストライカーのダニーロ・シカンは、戦争直前の2021年までFCマリウポリにレンタルされていた。当時は連日報道されたのでご記憶の方もいるかもしれないが、マリウポリという街は、2022年3月から5月まで熾烈な市街戦が戦われ、街全体が廃墟となった。FCマリウポリは、スタジアムが破壊され、ホームタウンそのものがロシアに制圧されたため、活動停止を余儀なくされた。 センターバックのミコラ・マトビエンコの出身地はクリミア半島のサキ。2014年以来ロシアに占領されている街だ。この街にはロシア海軍の航空基地があり、2022年8月には大きな爆発が起こった。ロシアの航空戦力に打撃を与えようとしたウクライナのドローン攻撃によるものだと推測されている。 中盤の要を務める主将のタラス・ステパネンコはドネツク州のヴェリカ・ノボシルカの出身。この小さな町は2023年6月に始まったウクライナの反転攻勢の1つの攻勢軸の中心にある。つまり、故郷が文字通りの激戦地となったのである。 繰り返すが、彼らのプレーするシャフタール・ドネツクは、ホームスタジアムのドンバスアリーナで約10年試合ができていない。シャフタール・ドネツクのサポーターも、もう10年にわたって、自分たちのスタジアムで応援できていないということでもある。 筆者は川崎フロンターレのサポーターだが、ホームゲームはほぼすべて行くし、諸事情が許せば遠征にも行く。こうした生活を送っている人々は世界中にいる。しかし、同じくサッカーファンであるという意味で仲間と言えるウクライナのサッカーファンからは、この「当たり前の日常」が奪われてしまった。事実上消滅に追い込まれたFCマリウポリは言うに及ばず、シャフタール・ドネツク、ゾリア・ルハンシクはホームスタジアムを奪われた。戦争によって、週末のサッカー観戦どころか、スタジアムを、あるいはクラブそのものを失ったサポーターたちの悲しみを思うと、同じサポーターとしていたたまれなくなる。 ロシアの侵攻開始から約1年後の2023年2月23日に、141カ国の賛成のもとで採択された国連総会決議は、国際的にロシアに対し、進行中の侵略を止め、国際的に認められたウクライナの領域全体から即時、完全かつ無条件にすべての軍事力を撤退させることを求めた。ロシアはそれを無視したが、これが実現しない限り、ウクライナのサッカークラブとファンにとっての「当たり前の日常」は帰ってこない。 ロシアが国連総会決議を無視し続ける限り、ドネツク市をウクライナ軍が奪回するまで、シャフタール・ドネツクはドンバスアリーナに戻れない。そしてその日まで、サポーターたちも、自分たちのスタジアムで自分たちのチームを応援することができない。しかし、現在の戦況を見る限り、近い将来にウクライナ軍がドネツク市を奪回する見込みは極めて低い。これは、ウクライナのサッカーファンにとって、当たり前のはずだった日常がしばらく帰ってこないということを意味している。 日本でも、Jリーグのクラブが消滅したことがある。横浜フリューゲルスだ。しかし、戦争で「Jリーグのある日常」が奪われたことはない。この平和な日本で、2月23日、奇しくもロシアの侵攻からちょうど2年が過ぎようとする中で、Jリーグの2024年シーズンが開幕する。同じ日にUPLのウインターブレイクが明ける。Jリーグのスタジアムには多数の観客が集う。しかしUPLは無観客試合で、ウクライナのサポーターたちはスタジアムで応援することができない。 この日、サッカーファンに限らず、Jリーグ開幕のニュースを見る人々には、世界の中に、戦火によって理不尽に「サッカーのある日常」を奪われたサッカーファミリーがいることを、少しでも考えてもらえればと思う。筆者も、1人のサッカーファンとして、平和の大切さを噛みしめながら、そしてウクライナのサッカーファンの悲しみと怒りを分かち合いながら、この日を迎えたい。
高橋杉雄