戦争と「戦う」ウクライナのサッカーファミリーを思う
Jリーグとウクライナが交差した日
日本のサッカー界は、ウクライナのサッカーとの縁が薄い。管見の限り、Jリーグの主要なチームでプレーしたウクライナ人選手は、1994~95年にガンバ大阪に在籍したオレグ・プロタソフ選手のみで、彼とても選手キャリアのほとんどはウクライナ独立以前の旧ソ連時代のものである。UPLでプレーしたウクライナ人選手がJリーグのクラブに在籍したことも、日本人選手がUPLのクラブに在籍したこともほとんどない。2022~23年に京都サンガに在籍していたパウリーニョ(ブラジル出身。2005~2009年に京都サンガに在籍したパウリーニョとは別人)が、メタリスト・ハルキウからのレンタルだったのが、2つのリーグに在籍した希有な事例である。 ただし、本田圭佑がCSKAモスクワに在籍していたように、ロシアリーグでは何人かの日本人選手がプレーしたことがある。2022年2月24日の開戦時も、FC東京出身の橋本拳人がFCロストフに在籍していた。本拠地はアゾフ海にほど近いロストフ・ナ・ドヌー。激戦が繰り広げられている現在の最前線から約200km離れた要衝である。2023年6月に、ロシアの傭兵組織「ワグネル」の創設者であるエフゲニー・プリゴジンが反乱を起こした街でもある。 ロシアのウクライナ侵攻に伴い、FIFA(国際サッカー連盟)が、ロシアのクラブに所属する外国人選手の契約の中断を認めたため、橋本はFCロストフを離脱し、戦争が始まってしばらくの間はJリーグのヴィッセル神戸でプレーした(現在はスペインのウエスカに所属)。彼はFC東京で育った選手だから、FC東京のサポーターは複雑な心情だっただろうが、2022年4月6日のヴィッセル神戸対FC東京戦では、FC東京のサポーターが「無事でよかった! 頑張れ拳人!」というメッセージを張り出し、戦場近くの街から無事に戻ってきた橋本を暖かく迎える一幕もあった。 2023年12月18日、これまでほとんど接点のなかったJリーグとUPLが交差した。親善試合のため、シャフタール・ドネツクが来日したのである。 ウクライナでは、2023年7月28日から、戦時下では2シーズン目となる2023-2024シーズンが行われている。UPLは2023年12月12日から2024年2月22日まで冬のためにシーズンを中断しており(ウインターブレイクと呼ばれる)、現時点で首位に立っているのがクリフバス・クリヴィーリフ(クリヴィーリフはヴォロディミル・ゼレンスキー大統領の出身地)、2位がドニプロ1、3位がポリッシア・ジトーミルで、シャフタール・ドネツクは首位と勝ち点3差の4位につけている。 なお、ヨーロッパには、各国の上位のチームが戦う「UEFAチャンピオンズリーグ(欧州CL)」という国際大会があり、シャフタール・ドネツクは、ウクライナからこの大会に出場している。国内リーグがウインターブレイクに入ったばかりの12月13日には、このチャンピオンズリーグでポルトガルの強豪ポルトと戦い、5-3の撃ち合いで敗れ、決勝トーナメントへの進出を逃しており、その直後の来日でもあった。なお、世界的強豪のFCバルセロナとも同じグループだったが、11月7日の試合では1-0で勝利している。それだけの力を持つ強豪だということだ。 対戦相手となったのはアビスパ福岡である。アビスパ福岡は、J1に定着しているとは言いがたい、いわゆる「エレベータークラブ」であり、J2には4回降格している。しかし、2021年には8位となり、2023年にはリーグ戦7位に加え、ルヴァンカップで優勝し、クラブとして初のタイトルを手にして、J1での地歩を固めつつある。つまり、シャフタール・ドネツクとアビスパ福岡の試合は、ウクライナの強豪クラブを、Jリーグのカップ戦優勝チームが迎え撃つ図式でもあった。 試合会場は国立競技場。試合開始は19時。真冬のナイターという厳しい環境だったが、招待を含め約1万8000人が詰めかけた。 アジアにも、ヨーロッパのチャンピオンズリーグ同様、各国の上位のチームが戦うアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)という大会がある。2023年シーズンでは、ACLに出場したヴァンフォーレ甲府のホームスタジアムが大会規定を満たさず、国立競技場でホームゲームを戦わなければならなくなった。そして、筆者を含む多くの首都圏のJリーグサポーターが、ホームタウンである山梨県から遠く離れたスタジアムで戦うヴァンフォーレ甲府を応援するために国立競技場に集った。 こうして国立競技場で行われたヴァンフォーレ甲府の3試合の観客はだいたい1万~1万6000人弱だった。繰り返すが、福岡をホームタウンとするアビスパ福岡が、ウクライナのシャフタール・ドネツクを迎え撃ったこの日の観客は1万8000人。ヴァンフォーレ甲府のACLの試合を上回る数の人々が国立競技場に集まったことになる。招待も含むとはいえ、ウクライナにそれだけの関心をまだ多くの人々が持ち続けていることを示す数字であると言える。 現代サッカーの基本原則に「ポジショナルプレー」というものがある。一言で言えば、相手が守りにくい立ち位置にポジションを取り、ボールを動かしながらゴールに向かっていくものだが、シャフタール・ドネツクは、いかにもヨーロッパの強豪クラブというべき、ポジショナルプレーの原則に基づいてアビスパのディフェンスの隙を突くロジカルな攻撃を展開し、「止める、蹴る」というサッカーの基本スキルの高さを見せつけながら、ゴールに迫った。一方、アビスパ福岡も、引かずに守り、強度の高いディフェンスという持ち味を見せながら、隙を見て鋭いカウンターを繰り出した。この試合を見守った約1万8000人の観客を飽きさせない点の取り合いになり、最終的には両軍2点ずつを奪っての引き分けとなった。