戦争と「戦う」ウクライナのサッカーファミリーを思う
戦争は人々から「当たり前の日常」を奪ってしまった。たとえば、週末にひいきのサッカーチームを応援する楽しみ。「ウクライナプレミアリーグ(UPL)」は欧州チャンピオンズリーグ出場のシャフタール・ドネツクはじめ国際的な強豪チームも所属するが、チームが本拠地を置く都市も、そこでの選手やサポーターの日常も、戦火に脅かされ続けている。ロシアによるウクライナへの全面侵攻が始まって2年、そしてJリーグ開幕とUPLのウインターブレイク明けが重なるこの機会に、国際政治にもてあそばれながらも幾度も復活を遂げるウクライナサッカーの姿を防衛研究所の高橋杉雄氏が執筆した。 * ロシアがウクライナに侵攻してから2年が過ぎた。この戦争で、ウクライナは国土の2割近くをロシアに占領されながらも、頑強に戦い続けている。しかし、2023年6月に国土奪還を期して始められたウクライナの反転攻勢は、ロシアの強固な防御陣地を突破できず、大きな成果を挙げられなかった。一方で、ロシアもウクライナに決定的な打撃を与えられていない。2024年2月現在、前線では激しい戦闘が継続しつつも、戦況は膠着し、消耗戦の様相を呈している。 戦火が日常を浸食し、ウクライナの人々は戦争と日常生活とを両立させながら生き抜いている。戦時下にも日々の生活がある。空襲警報に脅かされながらも、大人は働き、子どもたちは学校に行く。みな日々の買い物をし、食事を作り、夜は寝て、翌日に備える。 人間が生活するからには娯楽も必要である。日々の時間をすべて戦いに塗り込めてしまうのではなく、娯楽を含めた日常生活を送ることそれ自体が、ロシアの侵略に対する抵抗の表れという考え方もある。サッカーもまた、いまのウクライナにおける貴重な娯楽の1つとなっているのである。
戦火の中のサッカー
ウクライナのプロサッカーリーグは「ウクライナプレミアリーグ(UPL)」と呼ばれており、ディナモ・キーウやシャフタール・ドネツクが強豪として国際的にも知られている。シーズンは、夏の終わりに開幕し、春の終わりに閉幕する、いわゆる「秋春制」だ。 2022年2月24日、ロシアがウクライナへの侵攻を開始したとき、UPLは2021-2022シーズンのまっただ中だった。言うまでもなく、開戦に伴い、直ちにシーズンは中止となった。試合どころか、本拠地が占領されたために活動停止に追い込まれたチームもある。 しかし、ウクライナのサッカーは死ななかった。開戦して半年後の2022年8月23日に、サッカーが戻ってきた。この日に行われたシャフタール・ドネツク対メタリスト・ハルキウなど4試合をもって、2022-2023シーズンを開始したのである。 2022年の8月下旬は、ちょうどウクライナがヘルソン方面で反攻に出た時期でもあった。約10日後の9月上旬には、ハルキウ周辺の北部戦線で歴史的な大勝利を挙げ、ウクライナは多くの国土を取り戻した。人々の希望としてのサッカーが再開したタイミングで、戦場から明るいニュースが伝わってきたということでもある。 しかし、再開されたとはいえ、平和な日常としてのサッカーではなかった。スタジアムがロシアのミサイル攻撃の標的になる可能性があることから、すべてが無観客試合であり、空襲警報発令時には試合は中断されてしまう。文字通りの戦時下でのサッカーであった。 幸い、2022-23シーズンは予定通りに日程を消化することができ、2023年6月4日に閉幕した。優勝したのはシャフタール・ドネツクである。シャフタール・ドネツクの本拠地は、その名の通りウクライナ東部のドネツク州ドネツク市にある。しかし、2014年を最後に、シャフタール・ドネツクはホームスタジアムのドンバスアリーナで試合を行っていない。ドネツク市がウクライナから切り離されてしまったからだ。現在は国内リーグでは、ポーランド国境に近いリヴィウを主要な拠点として活動している。 シーズン2位はドニプロ市を本拠とするドニプロ1。ドニプロ市は現在激しい戦闘が行われているザポリージャ州に近く、しばしばミサイル攻撃を受けている。3位となったのは、ゾリア・ルハンシクである。本拠地のルハンシク市は、ドネツク州と同様にロシアに制圧されているウクライナ東部のルハンシク州にあり、シャフタール・ドネツク同様に、2014年以降は本拠地であるアヴァンハルトスタジアムを離れての活動を余儀なくされている。