「8年で世界は変わった 社会は進歩しているのか」東浩紀
批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。 【写真特集】大物がズラリ!AERA表紙はこちら * * * 2017年に始まったこのコラムも9年目に入った。 8年は長い。しかし変化を実感しない。最初の数回を読み返してみたが、驚くほど話題が似ている。格差、ジェンダー、政治の腐敗。おまけに8年前もトランプの大統領就任を憂慮していた。日の下に新しきものなしと言いたくなる。 むろん、そんな感覚はいわゆる「正常化バイアス」というものなのだろう。現実には世界は大きく変化している。 ひとつは言うまでもなく戦争だ。ロシアとウクライナの戦争は続いている。イスラエルのガザ侵攻も続いている。台湾海峡の緊張も高まっている。2010年代は5兆円前後で推移していた日本の防衛費は23年以降跳ね上がっている。 これはよくない傾向だ。しかし環境の変化には対応するしかない。最近は国内でも安全保障への感覚が変わり、それは選挙結果にも反映されている。今年は衆参同日選の可能性も囁かれるが、護憲勢力は苦戦を強いられるだろう。 もうひとつはコロナ禍だ。この2年で観光客はほぼ復活している。感染症対策も見なくなった。それゆえ一見影響が消えたかに見えるが、そんなことはない。コロナ禍ではリモート化やDXが進みITに投資が集中した。その結果が現在のAIブームである。 新産業の創出自体は良いことだ。ただし旧産業との格差があまりに急に拡大している。例えばビットコインの対ドル価格は20年4月の10倍以上になっている。そんな力関係の変化を象徴するのが、2回目のトランプ政権がイーロン・マスクに支えられていることだ。しかし富豪が政治も経済も支配する世界で本当によいのか。今年はそんな不満が各地で噴出し始めるかもしれない。 8年で世界は変わった。しかしそう振り返っても感じざるをえないのは、肝心の人間が変わっていないという諦めのような気持ちである。 確かに新しきものはある。でもそれを使って戦争や金儲けしかやることがないのでは、進歩や変化を実感できるのは限られた人々だけだ。今年は人類全体の新しい目標が見える年になるとよいと思う。 ※AERA 2025年1月13日号
東浩紀