犯人は中性子?2024年7月に発生したテレビ朝日停波事件の真相
■ 中性子線でエラーが起こるとしたら さてテレビ朝日の発表によると、7月23日の事故は「メモリーエラー」によって引き起こされたということです。ネットワークスイッチ内のメモリに記録されたデータの値が、違う値に置き換わっていた(0のはずが1になっていたか、あるいは1のはずが0になっていたか)ために起きたものです。 そして調査を行なった設備メーカーは、このメモリーエラーは「中性子線の影響が原因であると判断」しました。 つまり、大気上層から降ってきた中性子の1個が、コンクリートや鉄骨と反応することなく建物を透過し、サーバー室に設置されたネットワークスイッチに入射し、メモリを構成する半導体内に侵入したところで、たまたま何らかの原子核と衝突してこれを弾き飛ばし、弾き飛ばされて電子を失いイオン化した原子核は半導体内を走りながらそこら中のケイ素原子から電子を叩き出し正孔を生み出し、それがメモリの値を変化させ、ネットワークスイッチを誤動作させ、LANをダウンさせ、LANにつながれた放送設備を制御不能にし、放送を停止させ、視聴者を困惑させ関係者を恐慌に陥れた、という判断です。 ちなみに半導体回路にエラーを発生させる放射線は、宇宙線起源の中性子線が最も多く、存在量では勝るミュー粒子線はほとんど寄与しません。ミュー粒子線がエラーを発生させる確率は中性子線の2%という実験結果があります。中性子は一旦反応すると大きなエネルギーを半導体回路内に落とすのに対し、ミュー粒子はほとんどのエネルギーを保持したまま半導体回路を去ってしまうためです。 これで謎は解け、原因は解明され、犯人は判明し、放送停止事件は解決した・・・のでしょうか?
■ 真実はいつもひとつ、か? テレビ朝日の発表はさまざまな反響を呼び起こしました。放射線や半導体回路の知識がある人の中には、「原因が『中性子の影響』と判明(※3)」という表現に違和感を覚える人もいました。 この「犯人」である1個の中性子は、約15分で崩壊してしまい、残っていません。メモリーエラーは装置をリセットすれば直り、痕跡を残しません。したがって後から機器を調べても、中性子線が誤動作を引き起こしたという証拠は見つけられません。 そういう意味で、中性子が原因だと確信を持って判断することは不可能です。 一方で、半導体回路を誤動作させメモリーエラーや他のエラーを引き起こす原因は、他にいくつもあります。まず中性子線以外の放射線は、中性子線よりも確率は低いとはいえ、誤動作の原因となりえます。中性子でなく、数で多いミュー粒子、周囲のコンクリートなどの物質からわずかに放射されるガンマ線、半導体回路の製造過程で不純物として紛れ込んだ放射性原子核の出すアルファ線やベータ線などが引き起こした可能性は0とはいえません。 また、熱や静電気や電磁雑音などは半導体回路の誤動作の原因となりえます。電波などの電磁波が半導体回路に入射すると、回路が電波を受信してしまい、電流や電圧が影響されるのです。温度が高くなるとコンピュータがおかしくなるので、ファンや水によって冷却しなければならないことは、常識です。 そもそも半導体回路というものは、よく分からない原因によって、しばしば結果が狂うものです。機械がエラーを吐いて動かなくなり、その原因は結局特定できなかった、ということを、読者のみなさんも経験したことがあるはずです。 プロの技術者が思いつく限りの原因を探ってみたが、結局どれも誤動作を説明できなかった場合、最後に残るのが中性子などによる影響です。原因はこれだと断定はできないのですが、可能性はゼロではないし、他にもっともらしい答えは見つからなかった、という苦しい結論です。 もしも機器の誤動作の原因が中性子と考えられるという報告を見かけたら、思いつく限りの原因が全て否定されて、宇宙線のせいとするしかなかったのだろうと、どうか背後の技術者の苦労を思いやってあげてください。 ※1:総務省「放送設備の安全・信頼性に関する技術基準等の最新動向」(2024/3/26) ※2:テレビ朝日「マスター障害 原因と再発防止策について」(2024/11/8) ※3:朝日新聞「テレビ朝日のマスター機器故障、原因が『中性子線の影響』と判明」(2024/11/8)
小谷 太郎