銀座の一等地にできた「公園」 街にリズムを生み出すための“余白”を考え抜いて作られた新「Ginza Sony Park」に潜入してきた
銀座・ソニービルの建て替えプロジェクトにおける最終形として数寄屋橋交差点に建てられた新たな「Ginza Sony Park」が、8月15日に竣工を迎えた。リアルサウンドテックは同施設の中を先んじて見学できる機会を得ることができたため、その内容をお伝えしたい。 【写真多数】ついに公開された『Ginza Sony Park』の全容 まず、最初に目につくのは銀座の街の中では珍しい打ち放しコンクリート建築と、そのコンクリートを覆うフレームだろう。コンクリートは普通ベニヤ型枠で打設。含んだ水分量などで見た目に差異が出ており、経年変化を楽しむこともできるという。また、フレームはステンレス素材で作られており、ときには壁面を使った様々なアクティビティを展開するファサードとして、またあるときには設備増設時の配管などを通す共同溝として、さらには公園と街とのゆるやかなバウンダリーとしても機能する。 建物は5Fから順番に下へと案内されたため、その順に内容を記していきたい。5Fは先述したフレームの内側から数寄屋橋交差点や銀座の街を見下ろすことができたのだが、これは植栽が育っていく過程で次第に見えなくなってしまうかもしれないとのこと。新たな「Ginza Sony Park」において緑のある場所はこの5Fのみだというが、植栽と床の間にある仕切りのような場所もすべてベンチとして使用でき、春や秋など涼しい気温の時期には屋上でゆっくりとくつろぐこともできそうだ。 銀座の建物には、街の景観を守るためのいわゆる“銀座ルール”(高さ56mまで)が適用されるのだが、「Ginza Sony Park」の高さはその半分ほどに抑えており、「あえて低く構えることで、集積率の高い都会の中に余白と新しい景観を生み出す」ねらいがあるという。新たな「Ginza Sony Park」を建てるにあたり、プロジェクトにおけるキーパーソンである、ソニー企業株式会社の代表取締役社長 兼 チーフブランディングオフィサーの永野大輔氏は「土木的な考え方において、コンクリートは高速道路などのパブリックなものに使われていることが多い。そのうえで公園を作るのであれば鉄骨鉄筋コンクリートにしようと思ったし、この素材だと現在の高さまでしか建てられないことが逆に良いと感じたし、そこを活かした構造計算が全てうまく行った」とコメントしていた。 基本的に各階はエレベーターで行き来することはできるのだが、永野氏が重要視したのが「縦のプロムナード(遊歩道)」だ。これはソニービルを設計した芦原義信氏による「花びら構造」を継承するためのデザインである。5F~3Fまでは細い螺旋階段が続く。 そして4Fと3Fは、「Ginza Sony Park」で唯一クローズドな空間になっている。4Fのほうが天井が低く、3Fのほうが高いデザインになっているのだが、これは永野氏いわく“リズム”をつけるための変化だという。この2フロアでは主に展示などのアクティビティを行う想定だそうだ。 3Fから2Fへ続く階段を下ろうとすると、階段の隙間から数寄屋橋交差点が見え、行き交う雑踏の音が聴こえてくる。そこから開かれたスペースの“半外”というべき空間が顔を出す。ここはベンチを置いたりマーケット用の露店を設置したりと、その時々で顔を変えるフロアなのだとか。ここから1Fを見下ろした階段のデザインも、変則的でリズムを感じる面白い設計だ。 1Fに降りると、いわゆるエントランスに辿り着くはずなのだが、数寄屋橋交差点と境目なく溶け合っているように見えるのが興味深い。銀座駅への入り口があったりと、初めて訪れた人が見ればこれはもう“道”と捉えてしまうだろう。1F部分のコンクリートはベンチとして使えるようにも設計してあり、腰掛けてみるとあたかも数寄屋橋交差点に座っているような不思議な感覚を覚えてしまった。 B1Fに降りるための階段のひとつは、一度数寄屋橋交差点を通過しなければならない作りになっており、これも街と溶け合うために取った手法なのだという。またB1F~B2Fは2018年にフェーズ1として開園した際と同じく、体験型のアクティビティを実施する空間としての使用が中心となるようだ。この2フロアは地下鉄コンコースと地域最大級の地下駐車場に直結した、いわゆる「ジャンクション建築」の形を取っている。これもソニービルから継承した考え方のひとつだ。しかし、そのぶん建て替えができないため、地下についてはリノベーションに近い手法を取ったという。 そのため、地下鉄コンコース接続部にはかつてのソニービルの躯体の一部が残っていた。永野氏いわく、これを壊してしまうと道路が崩れてしまうため、今回の「Ginza Sony Park」もセットバックして建築したのだとか。ただ、次の建て替え時にまたセットバックしてミルフィーユ建築にならなくてもいいように、風呂桶構造をまずは作り、その上に建築を行うことで、内側だけを壊せばまた同じサイズのビルが建てられるような工夫を凝らしたのだという。 ここで「Ginza Sony Park」の歴史を振り返ると、建て替えプロジェクトの構想が始まったのは2013年のこと。かつて銀座・数寄屋橋交差点に面したソニービルの角地には、“ソニースクエア”という10坪のパブリックスペースがあり、春には鮮やかなガーベラの花を、夏には涼しげなアクアリウムを設置するなど、季節ごとに四季折々のイベントを開催していた。都市を修景的につくるという思想から、余白の少ない都会の中に街との接点となる外部空間を設け、街を訪れる誰もが楽しむことができるように設計されたこのパブリックスペースは「街に開かれた施設」の象徴であり、ソニーのファウンダーのひとりでソニービルの創業者である盛田昭夫氏は、この10坪のパブリックスペースを「銀座の庭」と呼んでいたが、「Ginza Sony Park」はまさに50年間続いたこの「銀座の庭」の思想を継承したものだった。 2018年に銀座のど真ん中に突如完成した低層の「公園」は、憩いの場として人々を引き寄せ、地下では体験型のアクティビティなどが期間限定で開催されてきた。オープン当初、永野氏は「半年以上先のことは決めない」「ソニー製品のPRの場にしない」というルールを設けて「Ginza Sony Park」を運用。それでも訪れた人々にアンケートを取ると「ソニーらしさを感じた」という感想が目立ったそう。さらに掘り下げていくと、WalkmanやPlayStation、Xperiaなどを持っていない30歳以下の若者にとっての「My First Sony」がこの「Ginza Sony Park」であることが多かったのだとか。 これらの調査結果や、『#011 GHOSTBUSTERS IN THE PARK』や『#014 ヌーミレパーク(仮)』などのさまざまな期間限定アクティビティを経て、永野氏は「Ginza Sony Park」にとって相性のいいものが「音楽とアート」であることに気づいたのだという。 それでは、今後この「Ginza Sony Park」にはどのような“装飾”がなされていくのか。永野氏いわく、固定のテナントは“公園”なので入れないとしたうえで、2018年からの「Ginza Sony Park」フェーズ1のような期間限定のアクティビティの展開を予定しているという。 ただ、今回は地下だけではなく、地上も使えるため、複数のアクティビティを同時に運用する可能性もありそうだ。永野氏はそのことについて「現在進行形ですごく悩んでいるのですが、余白を大事にしたいので、全てを埋めることはないかもしれないし、相性のいいイベント同士を共存させるかもしれない。そこは編集力が試されると思っています」と語っていた。 最後に周辺のソニー施設について聞いてみたところ、ソニーストア 銀座についてはGinza Sony Parkへの移転予定はなく、西銀座駐車場にある「Sony Park Mini」の存続は未定だという。このあたりも先述した複数のアクティビティをどのように運用していくのか次第になるだろう。 以前のインタビューでも、永野氏は「都市のなかに余白を作ることがソニーらしい」と語っていたが、実際に体験して、この遊び心と教養、そして追随したくなる“初めて”を作る粋な姿勢に、筆者はソニーらしさを感じた。またしばらくは外からしか眺められない期間が続くものの、「Sony Park Mini」では、1,050日間の新築工事の記録を映像や写真で展示する「Ginza Sony Park プロジェクト展」が9月29日まで開催中。記事を見て気になった方は、ぜひこの展示で「Ginza Sony Park」のこれまでとこれからを知ってほしい。
中村拓海
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