母親が亡くなったショックで大学中退、「ケアロス」で外出もできず…20代「元ヤングケアラー」が訴えたいこと
母親ががんで他界後、大学中退したワケ
その後、母親は三島さんが大学生の頃、乳がんで他界しました。 「お葬式には数多くの弔問客が参列しました。母親は長年、介護の仕事をしていたのですが改めて偉大さがわかりました」(三島さん) その後、三島さんは大学のリハビリテーション学科の実習に戻ったものの、モチベーションが下がってしまいました。 「作業療法士を目指していましたが、あくまでも母親と一緒に追いかけていた目標の一つです。その母親が他界してしまい何をしたらいいか、わからなくなりました」(三島さん) 三島さんは体調を崩し悩んだ末、2か月で大学を中退しました。 何もできない自身へのいらだちや家族のために動かないといけない焦り……。 「母親をがんで亡くして半年間、整形外科と総合病院を通院するくらいで、後は外出できない精神状態に陥っていました」(三島さん)
元ヤングケアラーが訴える介護後支援の重要性
今回、ヤングケアラー支援が法律で明確化されたのは喜ばしいですが、介護が終わった後の支援はほぼ手つかずの状況です。 三島さんは、「介護が終わった後、一時期目標を失いかけたり、大学を途中でやめたり、外出する意欲をほぼ失ったり、原因不明の腰痛を発症し足の感覚を脱失して半年以上杖の生活を送ったり、とさまざまな影響が出ました。ケアロスとでもいうのでしょうか。介護後の支援の重要性がもっと広まってほしい」(三島さん) 筆者は、大阪市旭区新森公園で合同会社シェア(相談支援Kaveri)のケアラー責任者や、ケアラーひきこもり支援団体「よしてよせての会」代表として現場でサポートにあたっていますが、ヤング(若者)ケアラーはケア後の支援が必要な人が多い印象をうけます。 10代や20代の若さで親族の死を経験したショックから中~重度の精神疾患や身体の不調を抱えてしまうケースなどに、しばしば接してきました。 介護を終えたヤングケアラーの中で、懸命に学校へ通学や就職しようとするのですが、心身が言うことをきかず苦しみ悩み続ける子が一定数いるのです。 * * * 本記事で紹介した三島さんの場合は、母親を亡くしたあとデイサービスに就職。その後、母親の形見や、人との出会いがきっかけで、ある活動をはじめました。気になる三島さんのその後を、後編記事〈大学中退して先が見えなかった20代「元ヤングケアラー」、意外な「母の形見」によって前を向けたワケ〉で詳しくご紹介します。 ---------- 奥村シンゴ 大阪相談支援KAVERIケアラー事業部責任者、介護福祉ライター、講師、支援団体「よしてよせての会」代表。 NHKで解説の他、取材・執筆や大学・自治体など講演多数。また、大阪や兵庫(宝塚中心)に啓発や居場所活動を積極的に展開中。 著書『おばあちゃんは、ぼくが介護します。』2023年夏国際ソロプチミスト神戸東クローバー賞受賞。介護離職や若者ケアラー~就職氷河期10年(ダブルケア、ひきこもり含)経験。生粋の阪神ファン。 ツイッター @okumurashingo43 Facebook、TikTokは 奥村シンゴ で検索 ----------
奥村 シンゴ(大阪相談支援KAVERIケアラー事業部責任者、介護福祉ライター、講師、支援団体「よしてよせての会」代表)