3Dプリンタで“印刷した寿司”は美味しいのか?
東京お台場にある日本科学未来館と、併設研究エリアに入居する「知的やわらかものづくり革命」プロジェクトは、2024年12月8日(日)、「3Dフードプリンターで作るお寿司!食べて考えるフードロス」を開催した。3Dフードプリンタで造形・印刷された寿司ネタが未来館の来館者たちに試食用として提供された。3Dフードプリンタ寿司が関係者以外の一般市民を対象に試食提供されたのは今回が初めて。 【画像】試食用に提供された「タコ」のお寿司 ■ 3Dフードプリンタとは? 液体と固体の中間的性質を持つ「ゲル」などのソフトマター工学、ソフトロボティクスの研究を行なっている山形大学 ソフト&ウェットマター工学研究室 教授で、「知的やわらかものづくり革命」研究代表者の古川英光氏は「3Dフードプリンタなどによって『未来の食事』がどう変わるかをみなさんと一緒に考えたい」と挨拶した。 試食前に、簡単なアンケートが行なわれた。質問は「もし電気屋さんで3Dフードプリンタを見かけたらどう思う?買う/買わない」というもの。来場者たちの意見は分かれた。「金額と味による」、「味は良いかもしれないけど実際の食感が味わえるかはちょっとアレ」といった意見が寄せられた。 3Dフードプリンタにはスクリュー方式、インクジェット方式、レーザー方式などがある。最初に古川氏が取り組んでいたスクリュー方式はネジ型のポンプで材料を押し出しながら食材を印刷するもの。その後に開発したレーザー方式は光を使って液体状の食べ物インクを硬化させる。 たとえばカボチャ粉末などを液状化して利用する。もっとも最新のものがインクジェット方式で、プリンタのように食べ物の粒子を飛ばして印刷する。無重量状態でも印刷できることから、宇宙での食事への応用も想定している。それぞれ開発を継続中だ。 ■ 未利用の作物と液化天然ガスの冷熱を使うことでフードロス対策も 3Dフードプリントのポイントは、規格外で未利用の作物などを材料として使えること。たとえば毎年285万トンの野菜が出荷されずに廃棄されている。古川氏らは、これを3Dフードプリンタの材料として使えないかと考えている。 もう1つは液化天然ガス(LNG)の冷熱コスト。こちらも無駄が発生している。この2つを組み合わせることで瞬時に食材を冷却して粉砕し、材料とすることを想定している。古川氏らはこれを低温凍結粉砕含水ゲル粉末「COOLD FOOD」と呼んでいる。 古川氏は、「COOLD FOOD」を可能にする社会システムを構想中だ。未利用食材を集める仕組みや、技術を確立させてプラントを作り、ユーザーのところまで搬送する。 そのためのさまざまな課題を解決するためにも普及啓発活動を行なっており、3Dプリント寿司はそのための取り組みの1つ。寿司は誰でも知っており、好きな人が多いため興味を持ってくれる人も多いという。 3Dフードプリンタの食品は材料は自然由来で安全であり、含水ゲル粉末にすると10年程度保存することもできるという。古川氏は「リジェネラティブ(再生)な技術」だと語った。 ■ プリントされた「タコ」のお味は…… 待望の試食に提供されたのは「タコ」のお寿司。材料は魚のすり身だ。すり身は解凍後に室温に戻すことで弾力が増し、食感が良くなるからだという。形状の保持にも問題がない。それをタコのかたちになるようにプリントしたものだ。1個あたりの印刷時間は6~7分程度。古川氏は「できればカップラーメン以下にしたい」と考えているという。なお、ご飯部分は普通のご飯だ。 解凍後の時間や蒸し方によって硬さが変わったりすることもあり、今それらの仕上げや、盛り付け、味付けなども検討中だという。 来場者からは「味はタコっぽい」、だが「かまぼこのような食感」「醤油の味のほうが強い」といったコメントが寄せられた。一言でまとめてしまうと「まだまだ発展途上かも。だが今後に期待する」という感想が多かったようだ。筆者も1カン試食させてもらったが、ほぼ同様の感想を抱いた。 3Dフードプリンタは1つずつ作れるので「柔らかいほうがいい」とか「硬いほうがいい」、あるいはアレルギー対応といった、個人ごとに異なる好みやニーズに食材を無駄にすることなく対応することもできる。たとえば「タコの吸盤の中身」の構造も再現できるという。 ■ 未来の3Dフードプリンタの可能性 終わり際に、会場に対して「3Dフードプリンタは生活のどんな場面で役に立ちそうか」「どんなときにあったら欲しいか」、そして「フードロスを減らすため、使えそうな未利用食材はあるか、どんなことができそうか」といった質問が投げかけられた。 会場からは多くのコメントが寄せられた。「夜のうちにセットしておいて朝にお寿司が食べたい」、「バレンタインでお菓子を量産したい」、「脂肪や昆虫などいろいろな食材が使えそう」といった意見のほか、費用や時間そのほかに関する真面目な質問も寄せられた。古川氏は「質の高い意見が多数寄せられた。ありがたい」とコメントした。 最後に改めて、「電気屋さんに3Dフードプリンタが並んでいたら」という問いかけが投げかけられた。意見が変わった人変わらなかった人は半々だった。「期待したい」という意見があった一方、「食感が期待はずれだった」と意見もあった。古川氏は「今はまだタコに失礼なレベル。もっと食感は良くしていきたい」とコメントした。 今後開発を進め、2030年くらいには家庭でも使えるような安価なモデルを開発し、さらに「シェフロボット」、2050年には超小型の3Dプリンタを内蔵した「スマート弁当」のような、夢のプロダクトを開発していきたいと語った。そして来場者たちに「未来はどう変わるか分からない。こういう研究に入ってきてほしい」と呼びかけた。 ■ 「フードテックFURUKAWA “未来の食”を体験しよう!」も同時開催 同日、「フードテックFURUKAWA “未来の食”を体験しよう!」というイベントも合わせて開催された。こちらでは「知的やわらかものづくり革命」プロジェクトと、3Dフードプリンタを活用した食品を開発する企業が共同開発中の食品の試食を提供した。 2023年にイグ・ノーベル賞の「栄養学賞」を受賞した、明治大学 総合数理学部 教授の宮下芳明氏が研究を進める脂質・糖類ゼロのクリーム(2024年9月のプレスリリース)と、山形大学の3Dフードプリンタのコラボレーションによる特製シュークリームもお披露目され、こちらも整理券制で試食することができた。 シュークリームのシュー部分は通常のシュー形状ではなく、あえて3Dプリンタでしかできないような形状にしたもの。それもひとかけらだったので「シュークリーム」かというと違ったが、こういうお菓子もありかなと思えるようなものではあった。 クリーム部分は要するに食物繊維(サイリウム)とパルスイートで甘味を加えたゼラチンで、カスタードクリームとは少し違うが、脂質も卵も使っていないとは思えない食感だった。 そのほか、噛んだときの食感を調べるためのロボット「ゲルバイター」や、AR/VRを使った食体験の提案、3Dフードプリンタを使って微化石や肉、お菓子、卵アレルギーの人でも食べられる目玉焼き、自己修復する次世代樹脂「WIZARD GEL/WIZARD ELASTOMER」を使った食器といった展示も行なわれ、会場は未来館来場者たちで賑わった。
PC Watch,森山 和道