「帰りたい」「帰れない」――原発事故で全町民の避難が続く双葉町 帰還への期待と苦悩 #知り続ける
準備宿泊はわずか25人
2月21日時点で双葉町の準備宿泊に申し込んだのは15世帯25人。そのうち、細沢さんのように本格的に生活をしているのはわずか4世帯7人だ。 震災当時7140人いた町の人口は5641人(12月末現在)。このうち、準備宿泊の対象となっている復興拠点と避難指示解除区域に住民登録がある人は約65%に上る。ただし、復興拠点内では95%の家がすでに解体、もしくは解体予定だ。多くの人が避難先での生活を進めている。双葉での準備宿泊が少ないのは自然な流れだ。
町の人口の65%がいわき市など福島県内で、35%が埼玉などの他県で暮らしている。昨夏、町が意向調査をおこなったところ、1494世帯から回答を得た。戻りたいと考えている人は全体の11%、決断がつかない人は25%、戻らないと決めている人は61%だった。11年の歳月が重くのしかかっている。
宇都宮で子、孫と暮らす女性
栃木県宇都宮市の半谷八重子さん(75)も、町に戻らないことを決めたひとりだ。震災翌日に政府から避難指示が出て、すぐに家族で内陸の福島県川俣町に避難した。その後、宇都宮市に住む娘の家に移り、借り上げ住宅のアパートなどを経て、新しい家を建築。2018年から自身、子ども、孫の3世代で住んでいる。 避難先に家を建てることは、双葉には戻らない決意をしたともみえる。でも、半谷さんは双葉への愛着は少しも変わっていないという。 「住めるんだったらすぐに飛んでいくよ。事故前の双葉だったらね。それほど双葉が恋しいよ」と涙声で話した。
夫のもとに嫁いでから42年間住んだ双葉の家。すでに町に解体を申し込んだが、いざとなると辛くて心が揺れ動いた。「せめて解体の順番を最後にしてほしい」と業者に頼んだ。そこまでの思いがありながら帰らないのは家族の存在が大きい。 半谷さんには2人の孫がいる。双葉で一緒に暮らしていた下の孫はちょうど小学校の入学を控えた時に震災があり、急遽、宇都宮の小学校に入学した。半谷さんは家族と相談し、「今後ずっと家族みんなで宇都宮で暮らす。それが一番」と考えた。 双葉町には廃炉作業中の福島第一原発と中間貯蔵施設がある。放射線量は厳重に管理されているが、「絶対に安全ていうことはないでしょ? 子どもや孫のことを考えたら」と慎重だ。