『踊る』シリーズでは見たことがない! 『室井慎次 敗れざる者』室井さんの穏やかな姿
周囲への物腰も柔らかくなった室井慎次(柳葉敏郎)
そんな貴仁と凛久との交流を経たからか、ふたり以外のキャラクターとの交流もこれまでよりも物腰柔らかい。特に元湾岸署員で共に秋田出身という縁からいつか共にきりたんぽ鍋を食べようという約束をした森下孝治(遠山俊也)との再会には涙を誘われる。同じく元湾岸署員であり、現在は警視庁刑事部捜査一課の捜査員である緒方薫(甲本雅裕)がヘリに乗って登場するシーンは、ドラマシリーズにおいて同様にヘリで青島の元へと出向いた室井の姿を彷彿とさせるが、そこでのやりとりは、往年の『踊る大捜査線』らしい小気味よいテンポによるユーモラスな会話が展開される。その一方で、最初こそ当時同様に緊迫感のある新城(筧利夫)との会話劇は、ゆっくりと氷が溶けるように柔らかいものとなっていく。警察を辞めた室井と、その後任として秋田県警本部長を拝命した新城の苦悩。既に第一線ではなくなった今のふたりだからこそ分かち合える思いを感じられるシーンだ。 特に物語の前編ということもあり、事件そのものに纏わる大きな展開はあまり起こらない本作であるが、この12年で室井の中で変わったこと、そして変わらずに室井の中で息づいているものを秋田の大自然とともにゆっくりと味わえるのがこの『室井慎次 敗れざる者』といえるだろう。室井慎次という男の30年に及ぶ生き様を感じ取ってほしい。
ふじもと