「イスラム国」崩壊後もテロの脅威は続く
先月、イスラム過激派「イスラム国」(IS)がシリアとイラクのすべての拠点を失ったとのニュースが駆け巡りました。2014年6月に「カリフ国家」の樹立を宣言して以来、シリア・イラク両国を中心に活動し、発足当初は5年以内にスペインや中国北西部まで勢力を広げるとしていたISをめぐっては、各国から集まった外国人戦闘員や、ISの影響下にある人物によるテロにも世界は警戒を強めてきました。ISの拠点が消滅した今、こうした脅威はどうなるのでしょうか。元公安調査庁東北公安調査局長で日本大学危機管理学部教授の安部川元伸氏に寄稿してもらいました。 【表】フィリピン戒厳令1か月超 アジアで新たな拠点構築進める「イスラム国」
シリア最後の拠点が陥落
2019年3月、ついにISの最後の拠点となっていたシリア東部のバグズが陥落し、ISが2014年に創設した“カリフ国”は終焉の時を迎えました。といっても、ISの組織が完全に消滅したわけではなく、引き続き、逃亡した残存兵士による小規模な戦闘が続いています。さらに、シリア・イラクから脱出し、故国やその他の紛争地域に帰還・移動した兵士によるテロの脅威が高まっています。 特に、有志連合として空爆に関わっている西欧諸国や、イスラムの預言者ムハンマドを侮辱する風刺画などで反イスラム宣伝を行ってきた出版社、マスメディアが再びテロの対象にされる恐れがあるだけではなく、今後、欧米やアジアでもISの帰還兵士によるテロを警戒しなければならないでしょう。IS帰還兵士の正確な数字は把握されていませんが、オランダの「ハーグ戦略研究センター」の報告(2018年2月15日付)によると、西ヨーロッパの主要13か国からシリア入りした外国人戦闘員は合計で約5000人に上り、そのうち母国に帰還したのは約1500人といわれています。各国ともIS帰還兵士の特定に躍起になっていますが、すべてを割り出すことはできないでしょう。
欧州のISテロは減少といわれるが……
欧州は、シリア・イラクと地続きで、金で動くブローカーも存在するため、各国境を密出入国することは可能です。また、テロリストがシリア難民に紛れて欧州に入ってくることも十分に考えられます。 このところ、各国政府はテロリストの入境を厳しく監視し、取り締まっていますが、もう一つ忘れてはならないのが、欧州には、これまで各国でテロとは関係のなかった若者たちをリクルートし、彼らに過激思想を植え付けてきた敏腕の「リクルーター」たちがいまも密かに活動を続けていることです。リクルーターたちは、互いに連絡を密にして独特のジハーディスト(聖戦主義者)ネットワークを構築しています。彼らの活動は、1990年代のアルカイダから2010年代後半のISへと連綿と引き継がれており、絶えず新たなテロリストを生み出してきました。筆者は、この過激派組織の生命力こそが、各地でテロが頻発する最も危険な要因になっていると考えています。 現在の先進各国は過激派に付け込まれやすい弱点を多く抱えています。貧困や差別、異文化への偏見、移民・難民への不公平な扱いなど、枚挙にいとまがありません。過激派のリクルーターたちはこうした悲憤を抱く若者たちを巧みに組織に取り込んでいきます。上述のように、ISが欧州の数千人の若者を言葉巧みにリクルートし、シリアに送り込むことができたのは、このジハーディスト・ネットワークが機能的に働いたためとも言えるでしょう。