<ボクシング>八重樫のTKO敗戦に鳴り止まなかった拍手
《プロボクシング 9月5日代々木第二体育館》 WBC世界フライ級タイトルマッチ ●八重樫東(31歳、大橋) TKO 9回2分24秒 ○ローマン・ゴンザレス(27歳、ニカラグア) それは珍しい光景だった。4000人でフルハウスとなった代々木第二体育館の敗者を讃える拍手と声援が鳴り止まない。9ラウンド。八重樫が、左ストレートを浴び、ふらふらと、後ずさりするようにコーナーに尻餅をつくと、そこでレフェリーは抱きかかえるようにして試合を止めた。立ち上がろうとした八重樫は、「まだできるのに」と、ふっと笑った。突如、沸き起こった“アキラコール!”。10年以上、リングサイドの周りをウロウロしてきたが、こういう敗者への客席の反応は見たことがない。我らがチャンピオンは壮絶に散ったが、彼、彼女らは、確かに魂のぶつかり合いの聖なる音を聞いたのだ。だから感動の涙が止まらない。 TKO負けした八重樫とWBC世界フライ級の新チャンピオンとなったローマン・ゴンザレスの2人は、リング上で並んでインタビューを受けた。「負けたのにインタビューなんてすみません。やっぱりロマゴンは強かったです。打たれたら打ち返す。ボクシングの根本のとこでしか勝負できませんでした。むちゃ怖かったです」。 インタビュアーが、今度は、ロマゴンに話をふると「八重樫は、パワフルでとてもいいボクサーでした」と八重樫を讃えた。軽量級世界最強ボクサー。プロアマ通じて126戦無敗のローマン・ゴンザレスの称号はダテではなかった。ファーストラウンド。八重樫は、左ジャブを軸に慎重に足を使った。互角の立ち上がりを終えてコーナーに帰ってきた八重樫は信頼する松本好二トレーナーにこう言った。 「だめです、足は使いきれません」。 あまりにもプレッシャーがきつい。右のストレートからのコンビネーションをかぶせられ八重樫は、何度かロープを背負った。「足を使うか、それとも真ん中で打ち合うか。どちらも用意していたし、後は、八重樫に『リングで感じたことをやれ!』と言っていた。プレシャーがきつくて足ではさばききれないと思ったんでしょう。本来、気持ちが強い選手。『打たれたら打ち返す』というボクシングを選択した」とは、松本トレーナーの回顧。立てていた戦術に選択の余地はなくなった。「相打ちからの連打でひるます」ーー。それは八重樫の心に頼った戦術だった。2つもらえば、3つ返す、3つもらえば、4つ返す。八重樫が足を止め、相打ち覚悟の殴りあいを挑むと、さすがにロマゴンの前進は止まった。