井上尚弥、人生初のダウンに父・真吾氏もパニック!…ルイス・ネリ戦「サプライズな完勝」の舞台裏【後編】
5月6日、大注目の井上尚弥VSルイス・ネリ戦は、尚弥がまさかの初ダウンを喫するも圧巻のTKO勝ち、4団体統一王者の実力を見せつけ、東京ドームに集まった4万3000人の大観衆をおおいに沸かせた。 【前編】井上尚弥のネリ戦第1ラウンドの最初のパンチの意味 伝統あるボクシング専門誌『ザ・リング』のパウンド・フォー・パウンド第1位に復帰し、全階級を通じた世界最強ランクで約2年ぶりに再び頂点に立った尚弥。 ネリ戦の舞台裏を、尚弥のトレーナーである父・真吾氏にインタビューした。 前編に続き、後編では尚弥の人生初のダウンで受けたショックと、拓真VS石田匠の一戦、尚弥の次の相手について話を聞くことができた。 (2024年5月11日電話インタビュー。聞き手:講談社現代新書編集部)
尚弥人生初のダウンに、父もパニック!
--やはりダウンをしたのは初? 井上真吾(以下、真吾):そうです。アマ・プロ含めても初ですね。 --やっぱりわれわれにはタイソンの試合が過ぎりました。 真吾:試合前とかに皆さんそのことをおっしゃってたじゃないですか(苦笑)。「魔のドームだ」とか。そういうのは自分の耳にも入ってきたし、頭にも残っていたので、やっぱりあのときには凍りつきましたもん、ほんっとに。 --やっぱりお父さんとしてもこれまでにない感覚だった? 真吾:いやー、もうそれは初ですもん。「あの尚弥がっ!」て凍りつきました。「まさかのドームの、あのタイソンの・・・・・・?」みたいに一瞬のうちにいろんなことが交錯して、いやー、もう、それはびっくりしました。一言でいえば、「えっ!」。その中にすべての思いが一瞬にして凝縮された感じでした。 --でもお父さんも一瞬ののちには平静さを取り戻して「落ちつけ、落ちつけ」と尚弥さんにアドバイスを送ったわけですよね。 真吾:いえ、自分がいちばん落ち着いてなかったと思うんです。でもあえてそういう風に言葉を掛けたという感じです。 --たしかにセコンドがパニクってしまっては選手は戦えなくなりますよね。 真吾:でも、まままあ自分はパニクってましたよ(苦笑)。ただ、パニクってても、尚弥、拓真に掛けなきゃいけない言葉は自然と出ます。そしてその言葉はその都度その都度、的確だったとは思いますが、ただ、そのときの自分が冷静だったかというとそうじゃないです。でも、焦ってびっくりしながらでも自然と言葉は出るんです。 --ということは、お父さんとしても今回、人生初の経験をしたわけですね? 真吾:そりゃもう初ですよ! 尚弥、人生初のダウンですから。 --勝利を決めた6ラウンドのパンチですが、まず右をアッパー気味にボディに入れて、次に返しの右ショートを顔面に当てたのでしたよね? 真吾:自分、まだ見てないんですよ。コーナーからは見えなかったので。たぶん尚弥からすればネリにだいぶダメージがたまっているという感触はあったんじゃないでしょうか。それにパンチも見切れてる。だから相手にもパンチを出させながら、どこかで自分の強いパンチを「ゴンッ!」と入れるタイミングを探っていたんだと思います。 --真吾さんはよく「見切れている」とおっしゃいますが、もしかして尚弥さんはその「見切る」までにかかる時間が他の選手に比べてものすごく早いのではないでしょうか。それが大きな強みの一つなのでは? 真吾:それはたしかに尚弥も、そして拓真も早いです。やっぱり見切れてないとパンチをもらっちゃうんで。見切れてるから、近い距離ででも、パンチをはずしてカウンターを打ち込むことができるんです。逆に見切れてなければ相手が遠くてパンチが届かなかったり、逆に相手のパンチをもらったりする。 --それは一つの才能だと思うのですが、お父さん的にはそれも過去からのトレーニングの積み重ねのたまものということになるのでしょうか? 真吾:もちろんそうです。それと、尚弥も拓真もスピードがあるじゃないですか。スピードがあると、眼もそのスピードになるんです。見る速度が相手よりも速いということは、逆にいうと、相手が遅く見えるということなので。 --お父さんの考えでは、ボクシングのすべての基礎になるのがスピードなのですね。 それはトレーニングで身につくものなのでしょうか? 真吾:つきます。パンチをもらうとポイントを取られる。だからイコール負けになる。だから小さいうちから、パンチをもらうと怒られる、ということをずっとやっていくと、もらわないという意識がどんどん高まっていくんです。そのずうっとの繰り返し。 たしかに、どうやってもかわせない、というパンチはあるんです。そういうパンチをもらうのは仕方がない。でも集中していればかわせるパンチをかわせないのは集中してないから。そういうときは怒るんです。それで、「あ、いま集中しなくて怒られた、もっと集中しなくっちゃ!」と意識が変わると機敏になってくる。それのずうっとの繰り返しです。 --以前おっしゃっていた、「いちいち言う」ということですね? 真吾:そうです、そうです。中には打って打たれてがボクシングだと考える方もいらっしゃるかも知れません。でも自分の基本は打たれてはダメ。それを小さい頃からずうっと言ってきているので、ああいうスタイルになったんです。 --「特効薬」「秘訣」みたいなことはなくて、小さなことの積み重ねなんですね。その集大成として、いまの井上兄弟がある? 真吾:そういうことになりますね。例えば第2ラウンドにネリからダウンを奪った、相手のパンチをかわして打つ左フックのカウンターも子どもの頃から繰り返し、繰り返し練習してきたパンチでした。 --確かに、オマール・ナルバエスから鮮やかなダウンを奪ったのもあのパンチでした。しかも、アンダー・ジュニアの試合の時からあのパンチは使っているんですね。 真吾:そうです。体に染みつかせているから自然に出るんですよ。逆に言えば、自然に出るようになるまで練習する。