<高校野球>「夢がかなった甲子園」幻に センバツ選出・磐城の監督、転勤 部員に「ありがとう」
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて中止となった第92回選抜高校野球大会(毎日新聞社、日本高校野球連盟主催)。磐城高(福島県いわき市)は21世紀枠で選出され、46年ぶり3回目の出場を果たすはずだった。躍進するチームを率いた木村保監督(49)の転勤が24日、発表された。木村監督は夢の舞台に足を踏み入れることなく、この春、同校を去る。 1月24日、磐城高の校長室。センバツ出場決定を知らせる電話に、阿部武彦校長(60)が「ありがたくお引き受けします」と答えると、隣に座っていた木村監督の目に涙があふれた。地元に大きな被害をもたらした昨年10月の台風19号を乗り越え、選手たちとつかんだ甲子園。これが磐城高監督として最後の挑戦になると予感していたからだ。「本当に夢はかなうんだと思った。まさに感無量でした」 母校である磐城高に赴任してから6年間、同県郡山市の自宅から学校まで約1時間半かけて車で通い、数学の教員として教壇に立った。「生徒たちに文武両道で頑張れと言っている。自分も頑張らないと」。2015年に監督に就任した時は、使命と責任を感じた。「一年一年が勝負だった。積み重ねが次につながる感覚もあった」と振り返る。 野球部監督である前に一人の教師として、野球を通して人を育てることを目標に掲げてきた。「野球をやっていてよかったと、自信になるものを身につけてほしい」。自主性を重んじる指導方針で、練習中に口を出すことはほとんどなかった。自分を律し、互いに高め合うことを選手たちに求めてきた。 センバツの臨時運営委員会で「無観客で開催」の方針が示されたのが3月4日。磐城高も同日から休校となり、部活動は自粛された。不安な日々が続く中でも、選手たちは「今日やる練習は自分たちのため」と自主練習を重ねた。開催を信じ、いつも通りできることに全力で取り組んだ。 大会の中止が発表された11日夕、木村監督は同校で記者会見に臨んだ。張り詰めた空気の中、まっすぐ前を見つめ、質問にゆっくりと、言葉を選ぶように答えた。「子どもたちは何も悪くないし、誰が悪いわけでもない。社会情勢を考えたら仕方がない。大好きな野球と勉強に真剣に向き合っている姿勢が評価されたことを誇りに思ってほしい」。目前に迫っていた甲子園は夢のままで終わったが、木村監督の目に涙はなかった。「子どもたちは本当によく頑張ってくれた。(出場決定時に流した)うれし涙を最後にしようと決めていた」。後にそう心境を明かした。 23日夕、部員と保護者が学校に集まり、木村監督の離任が伝えられた。「最後の最後に大きなプレゼントをくれてありがとう」。「甲子園で勝つ」という目標を達成した時のために、用意しておいた言葉を選手たちに伝えたという。抑えていた感情があふれ出しそうで、教え子たちの顔を見ることができなかった。部員たちのすすり泣く声が聞こえた。 最後のチャンスでつかんだ夢舞台は幻に終わった。30日の離任式で、選手たちに伝えるつもりだ。「周りの人たちに元気や勇気を与えられる大人になってくれ。これだけ困難に立ち向かってきたお前たちなら、必ずできる」【磯貝映奈】