トヨタ豊田章男氏、ユニクロ柳井正氏、伊藤忠岡藤氏。共通点は「話し方」にあった
商人は「読者を無視しない」
優秀な商人、素晴らしい経営者はマスコミのインタビューでもちゃんと読者に向かって話をすることができる。読者のことを頭において、読者がわかるような言葉だけを使う。目の前のインタビュアーに向かって話をするのではない。大勢の読者に向かって語りかける。 岡藤はインタビューでは専門用語やテクニカルタームを使わないし、流行の経営理論については触れることはない。 「シンギュラリティがどうのこうの」とか「ボラティリティがどうした」と役員会でしゃべることはあっても、一般読者が読むメディア取材ではそうした言葉を使うことはない。なるべく分かりやすい言葉で話す。 それは記者に対してしゃべるのではなく読者を見据えているからだ。トヨタの豊田章男、ユニクロの柳井正、ソフトバンクの孫正義と同じように読者を見て話す。 読者を無視して、自分と記者だけのなれ合い空間を作るのではなく、インタビューは読者に話をすることと本能的に理解している。 それは彼もまた素晴らしい経営者たちと同じように感受性に富む人物だからだ。 『プロフェッショナル・マネジャー』の著者、ハロルド・ジェニーンが言うように「経営はアートだ。科学ではない」。だから、経営者に必要なのは科学知識や専門性ではなく、むしろ、人間そのものを理解する感受性だ。
「取引先への過度な優しさは自分の会社をつぶす」
岡藤は部下を叱ったことがある。それは契約交渉を「条件のすり合わせ」と考えている部下がいるからだ。 「最初から譲歩するつもりでどうする?」と彼は部下に言った。 「うちの契約書の内容は相手も損をしないようにちゃんと考えてあるものだ。フェアな内容の契約をしている。それなのに、なぜ、冒頭から相手に譲って、相手の言い分を採り入れようとするのか?」 岡藤は交渉の仕方を見ていて、がっかりした。商人としてもっと鍛えないといけないと痛感した。 「一緒に仕事をして、ある契約をする時のことだ。最初から相手の条件を飲もうとしていた。いったいこんなやり方、どこで覚えてきたのかと心配になった。こんなことしていたら会社は簡単に潰れるでと思った。彼は仕事はできる。人柄はいいし、友人知人も多い。社外の人脈も広い。ところが、契約の交渉では弱い。優しいんだな。相手との関係を大切にしようとばかり考える。優しい。優しすぎる。 交渉の時に、相手が言うことを飲むか飲まないかを考えて勝手に悩んどる。そんなことで悩むことはない。 契約交渉とは条件のすり合わせではない。フェアな契約書を作って、それをそのまま通せばいい。相手の条件に合わせようという態度で交渉すると、相手から舐められる。 相手のこともちゃんと考えて契約書作って、一緒に仕事をしようというのだから、それでいい。譲ってあげることが相手に対しての好意ではないし、相手に嫌われたくないと思っちゃいかん」
「契約を断る時は全精力を使う」
岡藤はブランドの仕事が長かった。海外ブランドとの契約でうまくいったこともあれば、煮え湯を飲まされたこともあった。また、契約しても、履行しない相手もいた。履行しないのに、「ちゃんと契約を守った」と言い張る相手もいた。 苦い記憶もあるが、契約と交渉については百戦錬磨の商人だ。だが、そんな岡藤もある相手との契約交渉で「この人の方が上だ」と感じたことがある。
野地秩嘉