「『もののけ姫』はずっと念頭にありました」フランスで観客動員100万人突破の大ヒット映画『動物界』の監督が語る「宮﨑駿の影響」
フランスで観客動員数100万人を突破する大ヒットを記録し、同国のアカデミー賞と呼ばれるセザール賞では最多12部門でのノミネートを果たした(うち5部門で受賞した)話題作『動物界』。作品は、人間の身体がしだいに動物に変わっていく「奇病」が蔓延する近未来が舞台となる。料理人のフランソワは、妻であるラナが「新生物」となり、16歳の息子のエミールとともに、ラナの移送先である南仏へ移住する。しかし、移送中の事故によって、ラナをふくむ「新生物」たちは野に放たれ、またエミールの体に、次第に変化があらわれていく……。 【画像】動物に変わっていく「奇病」 SF的な設定でありながらも、その根底には自分たちとは異なった存在への差別意識をはじめ、社会、ひいてはそれを作り出す人間への鋭い示唆が節々に感じられる。自然描写も美しい本作において、トマ・カイエ監督は人間や動物、また人間の理想的なあり方についてどのように考えていたのか。監督に話をうかがった。 ※本記事は『動物界』の内容を含みます。ネタバレを気にされる方は鑑賞後にお読みください。
「人間の基準」から離れて「新生物」を捉えたかった
――人間が「人間以外のものになる」という映画は歴史の上でも多く見受けられます。たとえばゾンビものの映画や、ジェームズ・キャメロンの『アバター』のようなSF映画もそれに当てはまるかとは思うのですが、『動物界』は現実にはない設定でありながらも、その舞台は現実世界と地続きですね。現代を舞台に、こうした「変身譚」を撮られた経緯をお教えいただけますか。 人間が「人間ではない別のもの」に変わる映画と言えば、その変わる対象はものすごくネガティブな存在か、ポジティブな存在かに二分されると思います。たとえば前者は、狼男のようなさまざまな被害を及ぼしうる悪玉で、後者はスパイダーマンのような、ある種理想化されたヒーローですね。ただ私は、そうした善悪の基準で「人間ではない別のもの」を考えるのではなく、むしろ人間が作った基準ではとらえられない存在として、動物となった人間のことを考えたいと思ったんです。 私たち人間は、この地球で、自然やほかの動物たちと一緒に生きていますよね。にもかかわらず、人間は境界線を自分たちとほかの生きものとの間に引いているかのように、動物を軽視し、動物に対して迫害を続けている。しかし、人間は決して動物に対して優位であるわけではなく、同じ地球に生きている仲間なんです。そうしたことを、人間的な基準をいったん捨てて捉えなおしたいという思いもありました。 ――エミールが劇中で出会う、「鳥」と化したフィクスをはじめ、「動物化」した人間のビジュアルはどのように作り上げていったのでしょうか。またそこで苦労した点を教えてください。 動物の具体的な細部は、まず実際に演じる俳優の身体から考えていきました。今回、フィクスを演じるトム・メルシエさんがかなりがっしりした方だったので、彼なら鳥で、かつ鳥のなかでも猛禽類だなと思ったんですね。そこから、デザイナーとともに具体的な「鳥」のビジュアルを考えていきました。 映画で「鳥」になるというと、天使のように、背中に羽が生えているという造形が多いように思いますが、『動物界』では腕が羽に変わるという形を採用しました。ただ、それはデザイナー側で作ったコスチュームをトムに押し付けるのではなく、まずトムの体をスキャンし、そのデータをもとに人工皮膚や顔の傷を作っていきました。羽についても、実際に飛ぶことのできるような関節のあり方などを考えて作りましたし、それだけにメイクには時間はかかりましたね。撮影前には、それぞれ6~7時間をメイクに要したように記憶しています。 VFX(現実には見られない画面効果を実現するための技術)などを用いれば、もう少し簡略化もできたかもしれません。しかし、私は編集段階での特殊な技術にはなるべく頼らず、現場の段階で自分たちができることを突き詰めたいと感じていました。そうした思いに、スタッフも最大限に応えてくれたと思います。 ――エミールが入り込む森をはじめ、フランス南西部の自然描写に魅了されます。ロケーションはどのように選ばれたのでしょうか。 今回、作品の主だった舞台となるランド・ド・ガスコーニュは、ヨーロッパでも最大規模の森です。水辺があり、さまざまな植物や動物が棲んでいるという多様性が担保されていることがロケーションの条件ではあったのですが、ランド・ド・ガスコーニュは見事にそうした条件に合致していました。 また、原生林と人工林の対比を重視したこともあります。ランド・ド・ガスコーニュは、実はほとんどの面積が、植林によって生まれた人工林となっています。しかし、昔ながらの原生林もあり、その両方があることが重要でした。 『動物界』においては、フランソワとエミールは最初、動物化した母親が新しく収容される南仏に移り住むことになります。ランド・ド・ガスコーニュはその近くにあるので、画面に映ることは必然的とも言えるのですが、その見せ方は変えました。序盤で現れる森は、植林をされた人工林になっています。しかし物語が進み、エミールの動物化が進行していくにつれて、映画における森も、さまざまな生物がうごめき合う、より野性的な原生林へと変化していく。映画の世界観の変貌を、森に託したところがあります。
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