トランプ次期政権でイーロン・マスク氏が『政府効率化省(DOGE)』を主導:トランプトレードは修正されるか
政府効率化省(DOGE)とは何か
11月12日にトランプ次期米大統領は、大統領選で自身を支持し巨額の献金を行った実業家のイーロン・マスク氏とビベック・ラマスワミ氏が、「政府効率化省(DOGE:Department of Government Efficiency)」を率いることになると発表した。「政府の官僚主義を廃し、過度な規制を削減し、無駄な支出を減らし、連邦政府機関を再構築する」ことが任務になるという。マスク氏は投稿サイトのツイッター(現X)を買収後に、大胆なリストラを行った実績がある。他方、政府の規制に強く反発していた。 米国の独立宣言から250年に当たる2026年7月4日までに、この組織を立ち上げる作業を完了させる。トランプ氏は、第二次大戦中の原爆開発計画になぞらえ、「現代のマンハッタン計画」になる可能性があるとも述べたが、その意味するところは不明である。 政府効率化省(DOGE)という政府機関は、現在存在しない。DOGEという略称は、マスク氏が後押しする暗号資産「DOGE(ドージ)コイン」からとったものだ。その機能について、「政府外からの助言や指導」を行い、ホワイトハウスや行政管理予算局(OMB)を通じて大規模な構造改革を実施することだ、と説明されている。つまり、政府効率化省(DOGE)は政府機関ではなく、政府機関に対する諮問機関のような役割になることが見込まれる。 そのような組織に位置付けられる背景には、マスク氏に対する利益相反規制の適用を回避する狙いがあった可能性が考えられる。マスク氏は電気自動車(EV)大手テスラの最高経営責任者(CEO)を務め、短文投稿サイトXを所有している。企業の規制に関わる政府組織に入ると、連邦の利益相反規制が適用されてしまう可能性があるのだろう。
大幅な政府支出の削減は景気を下振れさせないか?
マスク氏が政府の無駄な支出を減らす役割を担うことになるのは、彼の企業経営の手腕が発揮されることが期待されてのことだろう。2022年後半にツイッター(現在のX社)を買収した際に、マスク氏は経営難に陥っていたこの企業の支出を短期間で削減した。ツイッターの事業を継続しながら最終的に従業員の約80%を削減した。 ただし、リストラの失敗例もある。マスク氏は数年前に、テスラの販売店を大幅に削減する方針を示したが、不動産オーナーなどからの圧力が高まる中で、この計画は後退を強いられた。 マスク氏は、政府の民間企業に対する規制策とともに無駄な歳出にも強い不満を持っており、「政府の支離滅裂な支出が国を破産に追い込んでいる」と語っている。そしてマスク氏は、連邦政府予算を2兆ドル(約308兆円)削減できるとの考えを示している。この金額は、2024年9月末終了の政府会計年度における歳出の実に約3分の1にも相当する。こうした大規模な歳出削減が簡単に実現できる訳ではないだろうが、マスク氏が「政府効率化省(DOGE)」を主導すれば、政府の歳出削減はかなり進む可能性があるとみるべきだ。 そして、それは相応の景気抑制効果を生じさせるはずだ。次期トランプ政権の下では、減税や規制緩和で景気が浮揚するとの期待で、株価が押し上げられてきた面がある。また、追加関税導入による物価高と財政赤字拡大が長期金利を押し上げドル高を生じさせる、との見方が広がった。 しかしマスク氏が政府の歳出削減でその手腕を発揮すれば、景気抑制効果が生じる一方、財政環境を改善させることで、物価上昇、長期金利上昇を抑える可能性があるだろう。そうなれば、トランプ政権の経済政策が生じさせるのは、株高、ドル高ではなく、株安、ドル安になるのではないか。現在のトランプトレードは方向を変える可能性がある。 マスク氏の存在は、トランプ次期政権下での景気、財政環境、そして金融市場を占ううえで、大きな不確実性を生んでいる。 (参考資料) 「トランプ氏、イーロン・マスク氏が政府効率化の新組織率いると表明」、2024年11月13日、ブルームバーグ“ Cost-Cutting Lessons From Musk World for DOGE(マスク流コスト削減、「政府効率化省」でどう生かす)”, Wall Street Journal, November 8, 2024 「トランプ氏、マスク氏を「政府効率化」に起用 原爆開発「マンハッタン計画」になぞらえる」、2024年11月13日、産経新聞速報 木内登英(野村総合研究所 エグゼクティブ・エコノミスト) --- この記事は、NRIウェブサイトの【木内登英のGlobal Economy & Policy Insight】(https://www.nri.com/jp/knowledge/blog)に掲載されたものです。
木内 登英