技術を超えた勇気。なぜ井岡一翔は10回TKO勝利で日本人初の4階級制覇に成功したのか?
しかし、ここが井岡のゴールではない、 「死にもの狂いでタイトルを取ったのでこのWBOベルトを海外へ行くチケットとして他団体のチャンピオンと戦いたい」 WBA同級王者のカリド・ヤファイ(30、英国)、IBF同級王者のジェルウィン・アンカハス(27、フィリピン)の2人は防衛を重ねている強敵で、WBC同級王者のファン・フランシスコ・エストラーダ(29、メキシコ)は、この4月にシーサケット・ソールンビサイ(32、タイ)を破って新王者となった。 3人のうち誰とやりたいか?と聞くと「強いて言えばエストラーダ」と断言した。エストラーダは井岡にとって因縁の相手。井岡がWBAフライ級王者時代に、エストラーダは、WBO、WBA同級スーパーの統一王者で、WBAから統一戦を指令されながら拳をまみえる機会を逸した。すぐにエストラーダはスーパーフライに転級したのだが、一部のファンからは「逃げた」と非難された。 「エストラーダは、ずっと近くにいる選手だし人気もある。同じ興行でも試合をやった」 井岡は、そうエストラーダの名を挙げた理由を説明したが、統一戦に向かう前に指名試合をクリアしなければならない。ただ指名挑戦者決定戦が無効試合になるトラブルがあって、現在、指名挑戦者は宙ぶらりんの状態にある。 「成長しないと勝っていけない。できることを準備しただけじゃなく成長したから勝てた。ここからも成長できるように頑張りたい」 それが井岡の探求心。 階級こそ違えど、インパクトや、世界的なパウンドフォーパウンドの評価としては、4階級制覇でもまだ及ばないWBA、IBF世界バンタム級王者、井上尚弥(26、大橋)という神的な存在のボクサーがいる。 「井上? 何も思わないことはない。僕は現役ですから彼を評価するのは失礼。彼は彼で偉大なことをやっている。何も感じないと言えば、それは嘘やし、でもリスペクトもある。そこには気を留めず自分のやることだけをやっていこうと思う」 それが井岡の進む道。 緊迫の技術戦に観戦者の手に滲み出た汗。そして震える魂が会場に染み渡って最高のハッピーエンド。相手のボクシングレベルも、そしてファイティングスピリッツもすべてが極上のタイトルマッチだった。井岡のファンを小ばかにしたようなあまりに利己的な引退、復帰劇に、これまで違和感が残っていたが、この夜、歴史を作ったボクシングは好きになった。 勇気は感動に変わる。サンケイスポーツの定年が近い記者が絶妙に聞き出すプライベートな質問に真摯に答える姿にも好感を持てた。だから本物のボクシングは美しい。東京行きの最終電車を目指して幕張メッセを出ると人の気配はすっかりと消え、近代的なウォークデッキには、幕張の生温かい海風が吹き抜けていた。 (文責・本郷陽一/論スポ、スポーツタイムズ通信社)