苦痛に悶えながらも安楽死に反対――難病ALS患者が命を懸けた訴え、生きたいと思える社会を目指して
「安楽死で死んでいけるような社会を目指すなら、希望をもてる社会ではありません」 全身の筋肉が徐々に衰えていく難病のALS患者、岡部宏生さん(66)は、苦痛に悶えながらも、命を懸けて猛然と安楽死の反対を訴えている。
イギリス議会で安楽死を認める法案が成立に向けて前進するなど、ヨーロッパでは安楽死を法制化する動きが相次いでいる。日本でも安楽死を認めてほしいという声は後を絶たない。 同じ難病に苦しむ患者や、そうでない人々へも「生きること」を励まし続けてきた岡部さんは今年の夏に体調を崩し、現在、意思表示ができない状態にある。「生きたいと思える社会」を目指し、声を上げ続けた思いに迫る。 (TBSテレビ 西村匡史)
出せない声 それでも強いメッセージ
「こ」「ん」「に」「ち」「は」。「よ」「う」「こ」「そ」「で」「す」。 声を発することができない岡部さんは、わずかに動く眼球の動きで文字盤を追い、介助者に一文字ずつ読み取ってもらって自身の言葉を伝えている。 2024年1月、私が都内にある岡部さんの自宅を訪ねると、岡部さんは「こんにちは、ようこそです」と迎えてくれた。 ALS(筋萎縮性側索硬化症)は手足やのどなど全身を動かす筋肉が徐々に衰え、発症後、平均3年から5年で自力での呼吸ができなくなる難病だ。ただ、知覚障害や感覚障害は起こりにくく、見たり聞いたりすることはでき、痛みや冷たさなどを感じる感覚も最後まで残る。 岡部さんは人工呼吸器をつけ、24時間体制での介護を必要としている。全身からエネルギーが漲るようなオーラを感じさせ、介助者を通じて発するメッセージは力強い。ユーモアも持ち合わせていて、なんとも魅力的な人柄である。 「私はブラックジョークを言うのが好きなんです。見た目がインパクトありすぎなので、皆さんの緊張をほぐしたくて言っていますが、間違えて相手を泣かせてしまったこともあります」
「死んだほうがよい」ALS発症に絶望
岡部さんは18年前の48歳の時にALSを発症した。大学卒業後、大手建設会社で猛烈サラリーマンとして20年間、働いた後、建築事業コンサルタントの事務所を立ち上げ、軌道に乗ったころのことだった。 人生の絶頂期での難病の発症は、元来、楽天的だった岡部さんをも絶望の淵に追い込んだ。治る見込みはなく、近いうちに自分では何もできなくなる現実を知ることになる。生きがいだった仕事ができなくなること、そして妻に迷惑をかけてしまうことが頭をよぎり、「死んだ方がよい」と思ったという。 「これまでに3回自殺を考えました。この家のベランダから飛び降りようと具体的に実行しようと思いました。しかし、柵を乗り越えられるほどの筋力が残っていませんでした」