苦痛に悶えながらも安楽死に反対――難病ALS患者が命を懸けた訴え、生きたいと思える社会を目指して
ALS患者に訪れる「究極の選択」 道を示した戦友
病気の進行とともに自力での呼吸ができなくなるALS患者にとって、人工呼吸器をつけて生きるか、つけずに死を迎えるかの「究極の選択」を迫られるときがくる。 7割の患者が呼吸器をつけずに亡くなるといい、患者同士の間では「ALS患者の自死」と表現することもあるという。岡部さんも当初、呼吸器をつけずに死ぬことを心の中で決めていた。「何もできなくなった自分に、生きる意味はないと思いました」 そんな岡部さんを変えたのが「戦友」たちの存在だ。同じALSを患いながらも当事者団体の運営や政府への陳情など、障害者の権利向上を目指して活動してきた先輩たちがいたのである。 岡部さんは「戦友」の背中を見ることで呼吸器をつけることを決断し、生きる道を選んだ。 「こんなに辛い病気なのに、明るく生きて、頑張っている人たちがいることを知って驚きました。自分もあんなふうに生きてみたいなと思うようになりました」
自らも矢面に 日本一外出するALS患者
「先輩たちが大変な努力をしてくれたように、自分も障害者とその家族の役に立ちたい」 生きる道を選んだ岡部さんは、自らも矢面に立って障害者の権利を守る活動に参加するようになる。重度障害者の介護者育成を進めるNPO法人「境を越えて」を設立した。 また「障害に縁がない人にも、生きることについて考える機会を提供したい」と考え、全国を飛び回って講演活動を行うようになる。さらには病気に悩む患者たちの元を訪ねて、生きることの大切さを話し合う機会も積極的に作るようになった。 新型コロナウイルスが流行する前は、毎月20回以上も外出し、「日本一外出するALS患者」と呼ばれるようになった。
「安楽死」に同調の声 猛然と反対した岡部さん
そんな岡部さんに衝撃を与える事件が起きた。2020年、安楽死を望んだALS患者を殺害したとして医師が逮捕された京都ALS患者嘱託殺人事件である。 亡くなった女性は生前SNS上で、日本でも安楽死が認められるべきだと訴えていた。この訴えに同調する声がインターネットなどで次々に上がったのだ。 しかし、岡部さんは安易に死を選択する人が相次ぐかもしれないと、安楽死が認められることに強い危機感を抱いている。 「私も1日のうち4割の時間は死にたいと思うほど辛いです。そんな時に『死なせてあげよう』と言われたら、間違いなく『なら死なせて』と言ってしまうでしょう」 介護していた妻がうつ病になり、その後、亡くなった際には自分を責めたという。 「こんなに介護が大変ならば、家族の介護負担をなくすために安楽死しようという人が必ず出てくると思います」 裁判では岡部さんら多くのALS患者が傍聴を続け、判決後の記者会見では「安楽死の合法化は、安易に死を選択することになりかねない」と全力で反対した。 「安楽死がどんどん広がってしまうことが恐ろしいです。だから私は安楽死に強く反対します」