自民党総裁選の舞台裏から見えてくるもの 真の争点は「政治とカネ」と「長老支配の打破」と「右派の再編」
自民党の総裁選が告示され、熱戦の火蓋が切って落とされた。 と言いたいところだが、どうもその実情は表から見えるものとはかなり違ったもののようだ。 確かに表面的には9人もの候補が鎬を削っているように見える。当面はそれで電波ジャックもできるだろう。そこに自民党全議員の共通した利益がある。事実、自民党の政党支持率は回復の兆しを見せている。 しかし、自民党の総裁選は事実上、日本の総理大臣を選ぶ選挙だ。そこで本当に問われなければならないことが、きちんと問われているだろうか。 まず、そもそもなぜ今、この時期にこのような形で総裁選が行われるに至ったのか。それは直前まで続投する気満々だった岸田首相が率いる政権の支持率がまったく上がらない中、向こう1年に2つの国政選挙を控え、岸田氏が続投は難しいと判断したからに他ならない。そして岸田政権への逆風は、直接的には統一教会問題から裏金問題に連なる一連の不祥事が原因だった。自民党は裏金議員の約半数に一定の処分を科す決定を下したが、国民の目にはそれが大甘と受け止められ、それが岸田政権が低迷を続けた大きな要因となっていた。また、政治資金規正法の改正も明らかに裏金問題の再発を防ぐためには不十分なまま終わってしまった。 それがこの総裁選に至った背景であるならば、まずこの総裁選で一番に問われなければならないことは政治とカネ、特に、明らかに大半の国民が納得していない裏金議員の処分と、裏金の再発を防ぐための法整備でなければならないはずだ。しかし、裏金問題に対して厳しいスタンスを取れば、党内の約4分の1を占める裏金議員の不評を買い、総裁選、とりわけ議員票が大きな比重を占める決選投票で明らかに不利になる。そのため、どの候補も政治とカネは大きな争点にしたくない。政治改革について、どの候補も今一つ奥歯に物が挟まったような物言いをしている背景にはそういう党内力学がある。 しかし、ここで政治とカネの問題にきっちり決着をつけることが日本にとって極めて重要な理由は、単に政治の浄化という意味を超えて、この先日本が失われた30年を取り戻すためには、時には痛みの伴う施策を実施することが避けられないと思われるからだ。政治への信頼が回復しない限り、痛みを甘受するよう国民にお願いすることなどできるはずがない。政府が本当に必要な施策を実施するためにも、政治の信頼回復は不可欠であり、それが政治とカネの問題の抜本的解決になることは論を俟たない。 また、この総裁選で問われなければならない問題がもう一つある。それは自民党の権力の二重構造だ。派閥政治が横行している時は、自民党内には必ず派閥ごとに主流派と反主流派が生まれていた。派閥の合従連衡で多数派を形成できた側が主流派となり、総裁を輩出した上に主だったポストを独占する。反主流派は当分の間冷や飯を食いながら、捲土重来、主流派への返り咲きの機会を窺う。 岸田政権下の裏金問題への対応では、岸田首相の思いとは裏腹に、踏み込んだ改革に後ろ向きだった麻生副総裁や茂木幹事長らが改革を骨抜きにしたと考えられている。その背景には岸田首相が政権を維持するためには、麻生派と茂木派の支持が不可欠だったという背景がある。 今回は岸田首相の英断もあり、麻生派を除き自民党内の派閥はいずれも解散を決定した。今回の総裁選は派閥の影響や権力の二重構造を解消するいい機会になるはずだった。しかし、今回支持率で常に上位に名を連ね、決選投票に残ることが有力視されている小泉進次郎氏は菅元首相の強い後ろ盾を得ており、小泉政権が実現した日には事実上、菅傀儡政権になるとまで言われている。実際、総裁選の結果を先取りして、官僚や業界団体は続々と菅詣でを始めているそうだ。小泉詣でではなく菅詣でなのだ。また、小泉氏を勝たせるために、菅氏の号令の下、相手候補の支持層の切り崩しなどで萩生田光一氏や武田良太氏らが暗躍しているとの情報もある。石破茂氏の陣営からも、菅氏からの切り崩し圧力がすごいと悲鳴が上がっていた。 自民党はいつまでこんなことをやっているのだろうか。有権者を欺くような総裁選のあり方もいかがなものかと思うが、それをチェックしなければならないはずのメディアは一体何をやっているのか。 もう一つ、この総裁選が持つ重要な要素は、安倍政権以来、自民党を支配してきた自民党右派の再編だ。民主党が政権を奪取した2009年の総選挙で自民党は119議席まで議席を減らす壊滅的な敗北を喫した。そこから安倍政権が成立する過程で自民党は300議席を超えるまでに党勢を回復し、安倍首相の下、党内右派が党の主導権を握る今日の自民党ができあがった。しかし、その自民党は安倍首相や安倍派が直接関与した統一教会問題と裏金問題の直撃を受け、再編を余儀なくされている。そこで自民党右派の新たな元締めの座を巡り、高市早苗氏と小林鷹之氏が争っているという見立てがある。この戦いに高市氏が勝てば安倍路線が継承されることになるが、小林氏が勝てば、安倍路線とは少々異なる新たな右派路線となる可能性が高い。小林氏の後ろには安倍政権下で安倍、麻生両氏と並んで3Aなどと呼ばれた甘利明氏がいることは周知のことだ。 しかし、それもこれもすべて、自民党内のコップの中の嵐に過ぎない。世界が激動する中、果たして日本は今そのようなことをやっている場合なのか。失われた30年はこの先も続くことになるのか。角谷浩一と神保哲生が議論した。 【プロフィール】 角谷 浩一(かくたに こういち) 政治ジャーナリスト 1961年神奈川県生まれ。85年日本大学法学部新聞学科卒業。東京タイムズ記者、「週刊ポスト」、「SAPIO」編集部、テレビ朝日報道局などを経て1995年より現職。 神保 哲生 (じんぼう てつお) ジャーナリスト/ビデオニュース・ドットコム代表 ・編集主幹 1961年東京都生まれ。87年コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。クリスチャン・サイエンス・モニター、AP通信など米国報道機関の記者を経て99年ニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を開局し代表に就任。著書に『地雷リポート』、『ツバル 地球温暖化に沈む国』、『PC遠隔操作事件』、訳書に『食の終焉』、『DOPESICK アメリカを蝕むオピオイド危機』など。 【ビデオニュース・ドットコムについて】 ビデオニュース・ドットコムは真に公共的な報道のためには広告に依存しない経営基盤が不可欠との考えから、会員の皆様よりいただく視聴料(ベーシックプラン月額550円・スタンダードプラン1100円)によって運営されているニュース専門インターネット放送局です。 (本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)