我々人間が「子供」を愛するのは純粋に「子供のため」ではない…人が自らを犠牲にしてまで「親族」を助ける本当の理由
ジョン・ホールデンの洞察
イギリス人生物学者のジョン・ホールデンは、ハミルトンよりも数年前に同じ洞察を得ていたようだ。 「私は兄を救うために、自分の命を差し出すだろうか?しない。だが、兄弟2人、もしくはいとこ8人のためなら差し出すだろう」 親族を助ける人は、自分の遺伝子を、正確には自分の遺伝子のコピーを助けることになる。この仕組みが利他性を適応的にする。ドーキンスは利己的な遺伝子という擬人化したメタファーを用いて、遺伝子が乗り物を―つまり私たち人間を―利他的にすると示唆した。 遺伝子にとって、乗り物である私が遺伝子のコピーのためになる活動さえしていれば、私自身の幸せなどどうでもいいことだ。その結果として、私の親族に含まれる遺伝子コピーの適応度にポジティブに作用する思いやりや親切心が発展したのである。この洞察は、それまで大切にしていた価値観や人間関係から一歩距離を置いたり身を引いたりするきっかけになるかもしれない。 私たちが子供を愛するのは、子供のためではなく、私たち自身と私たちの子孫に宿る複製子のために、心も感情ももたない分子のために、計り知れない意図をもって私たちの行動を左右する遺伝子のために、自らの利益や関心を犠牲にするように遺伝的にプログラムされているからなのだろうか?
「血縁選択」による説明
親族内における協力的態度の進化は、ハミルトンの法則と遺伝子中心の考え方を組み合わせることで説明できる。この仕組みは「血縁選択」と呼ばれている。 そして、互いに利となる関係、いわゆる互恵関係が道徳的な特性の進化を可能にする2つ目のメカニズムだ。互恵性(君が背中をかいてくれたら、僕が君の背中をかいてあげよう)は、極めて弱い血縁関係でも、あるいは遺伝子という点ではまったく共通点のない相手とのあいだでも機能する。厳密には、互恵性は利他性とは別種の関係だと言える。互恵性では相互協力が行われる。 つまり協力する側に一方的なコストが生じるわけではない。そのため、「相利共生」と呼ばれることも多い。利他的な関係では享受者のみが利を得るが、互恵性では両者ともに得をする。 互恵的な関係への適応進化も、利他性の進化と同様で、安定しにくいという問題がある。包括適応度の場合と同じで、互恵的協調の利点も特定の係数(前述のr)を計算に含めなければならず、そのため場合によっては、互恵性で得られる利益は極端に薄くなることもある。ハミルトンが示したように、血縁選択では相手が血縁として近い関係にあればあるほど、道徳的な行為による恩恵が大きくなる。 逆に言えば、遠い親戚や血縁関係のない相手に対する協力は、協力する側には何の利ももたらさないということだ。その一方で、互恵的利他性では、相互協力から利益を引き出せるかどうかは、将来その相手とふたたび出会う可能性があるかどうかにかかっている。米国人進化生物学者のロバート・トリヴァースが指摘したように、互恵的利他行動を選ぶことが有益なのは、再会の可能性が高い場合のみだ。 『「心理学/数学/経済学/社会学…最強はどれだ?」…人間の協力関係を制す“最高の戦略”を導き出した“20世紀で最も有名な実験”の衝撃』へ続く
ハンノ・ザウアー、長谷川 圭
【関連記事】
- 【つづきを読む】「心理学/数学/経済学/社会学…最強はどれだ?」…人間の協力関係を制す“最高の戦略”を導き出した“20世紀で最も有名な実験”の衝撃
- 【前回の記事を読む】「DNAの大半が“遺伝情報”を持たない理由」を完璧に説明する衝撃的な“発想の転換”…「遺伝子」は「人間」のために存在しているのではなかった!
- 【はじめから読む】ニーチェ『道徳の系譜学』では明らかにされなかった人類の“道徳的価値観”の起源…気鋭の哲学者が学際的アプローチで「人類500万年の謎」に挑む!
- 「生存に不利」なはずなのに、なぜ我々人間には「モラル」があるのか…科学者たちが奮闘の末に解き明かした人類の進化の「謎」
- “人間”が利他的なのは“遺伝子”が利己的だから!?…生物学者が唱えた「モラルと進化の謎」を紐解く衝撃の視点