残された家族の「相続争い」を回避できる〈最後の手段〉!?「遺言書」作成の際に知っておきたい「付言事項」とは【税理士が解説】
モメる原因になりやすい「遺留分」
遺言書があっても、それぞれの法定相続人には最低限受け取れる財産があります。これを「遺留分」と呼びます。例えば、遺言書に「遺産すべてを長男に相続する」と書いてあったとしたらどうでしょうか。長男以外の2人の取り分がゼロというのは気の毒です。そこで、最低限の分け前をもらう権利として、遺留分があるわけです。 遺留分は特別の場合を除いて、法定相続分の半分です。例えば、1億2,000万円の遺産を子ども3人が分ける場合、法定相続分は1人あたり4,000万円です。ですから、遺留分は2,000万円となります。 資産のほとんどが「不動産」の場合要注意 しかし、この遺留分をめぐって、しばしば争いが起きるのです。資産の多くが不動産の場合、ほかの人に遺留分をキャッシュで払えないことが珍しくありません。だからといって、土地を切り売りしたり分割したりするのは避けたいと長男が考えると、話し合いは難行します。 もし、長男が遺留分の支払いを拒否するならば、ほかの相続人は長男に対して1年以内に「遺留分侵害額請求」を起こして、遺留分を確保しなくてはなりません。 必ずしも「遺言どおり」の相続である必要はないが… ところで、遺言で遺産の分け方が示されていても、相続人による遺産分割協議で別の分け方で合意すれば、遺言に従う必要はありません。 ただ、私の本音をいえば、それには違和感があります。というのも、資産の持ち主自身が分け方を決めたのですから、それを残された人たちが「違う。こっちのほうがいい」というのは筋が違うような気がするのです。 もちろん、モメることなく、「俺はこっちはいらないから、そっちを取ってくれ」「じゃあ、これをもらうから、あれは少なくていい」と遺産分割協議が進むのは合理的であり、悪いことではありません。でも、それは故人の遺志を反映しているとはいえないので、ちょっと寂しく感じるのです。
遺言書の「付言事項」は親から子への“ラブレター”
遺言書と聞くと、多くの人は遺産の分け方を書いた堅苦しい文書という印象を持っていることでしょう。確かに、そうしたドライな部分もありますが、そうでないウェットな部分もあることをご存じでしょうか。 それが、遺言書の「付言事項」です。遺言のメインの文章とは別に、親の本音ともいえる文章を書き込むことができる箇所です。付言事項のおかげで相続が丸くおさまったというケースも山ほどあります。 ですから、私たちが遺言書作成のお手伝いをするときには付言事項を重要視して、「思うことを何でもおっしゃってください。必ずお子さん方に伝えます」とお客様に前置きします。 例えば、娘さんに対して、「心優しい娘を持って私は誇りに思う」という一文を付言事項に含めるだけで、娘さんは胸がいっぱいになり、相続で争おうという気がなくなります。自分の存在が親から認められたと感じるのでしょう。「勘定」より「感情」が大切だということが、つくづくわかります。 やはり、子どもは親からの承認欲求が強いのだと思います。親にとっては当然ながら子どもを認めているのですが、それがうまく伝わらないと子どもは寂しい思いをしがちです。あるいは、きょうだいと自分を比較して、「自分は認められていない」とストレスを感じている人も少なくないようです。 遺言書ではないのですが、生命保険の外務員の方から似たような話を聞きました。生命保険外務員も私たち税理士と同じく、相続の場面で出番があるので、故人の言葉を子どもたちに伝えることがあるそうです。故人は話し好きだったようで、子どものことをよく話していたそうです。 そんな会話の内容について子どもにメモを見せながら、「お父さまは、あなたが本当に優しい息子だと自慢していらっしゃいましたよ」と話すと、子どもは大粒の涙をボロボロとこぼして、「この保険金をもらえるだけで私は十分だ」と家族に向かっていったのだそうです。 こんな話はいくらでもあります。付言事項は、親から子へのラブレターといってよいかもしれません。相続で一番大切なのは思いを伝えることで、財産を承継させることは二の次だということを感じます。 もう1つ、医者という家業を継がなかった長男に対する遺言書の付言事項を紹介しましょう。次男が家業を継いだのですが、長男にとっては自分が継がなかったことにコンプレックスを感じていたようです。そんな長男の心を推し量って、父親はこんな付言事項を残しました。 「私が脳の手術を受けたとき、一番先に飛んできてくれて家族を仕切ってくれた。そんな息子を持てたことを誇りに思う」 これで、長男の気持ちが晴れやかになったことは疑いありません。医者に限らず、子どもが家業を継いでくれると、親はうれしくて舞い上がって、知らず知らずのうちに、その子をちやほやしがちです。でも、継いでいない子への配慮を忘れてはいけません。付言事項は人生最後の配慮の手段といってよいでしょう。 天野 隆/税理士 税理士法人レガシィ