「事務」と聞くとゾッとする人へ。そして10年後の自分のために(レビュー)
坂口恭平さんは作家、画家、音楽家、建築家などさまざまなことをしている。“もはや何をやっている人なのか説明が難しい”彼が、無名時代から10年間でどうやって自分の作品の収入だけでご飯を食べていけるようになったかの方法が、彼の中に現れたイマジナリー事務員の「ジム」との対話で描かれている。 「事務」と聞くと私はゾッとする。自分で会社を経営しているが、請求書を出したりスケジュール管理したりするのが大の苦手なのである。それこそ事務員を雇えばいいのだけど、そんな余裕もない。向いてない割に「ちゃんとしなくちゃ」と意気込んで、上手く出来ていない罪悪感でぺちゃんこになることもしばしば。ジムの言葉は最初こそ耳が痛いものの、漫画の中の坂口さんに自分を重ねてどうにか素直になって読み進めていく。すると目から鱗、という言葉では足りず、全身からボロボロ何かが剥ぎ落とされる感覚だった。 ジムは《将来の夢》ではなく《将来の現実》を決めろというのだが、その部分は大きく頷きながら読んだ。私もふわふわした《夢》より、現実的な《目標》という言葉を選んで生きてきたので(坂口さんの事務と違いかなり行き当たりばったりだが)共感しつつ、明確に鋭く言語化し、淡々と無駄のない最短ルートで事務をこなしている2人に痺れた。 今の時代、自己肯定感という言葉が多用されていて、なんとなくしっくりこないなとずっと思っていたのだけど、その違和感についても言及されている。この本、大学生(特に美大生)の教科書にしたほうがいいのではないかしら。もちろん、10年後の自分をもっといい状態に持っていくために事務のやり方を学びたい全ての人におすすめである。タイトル通り、生きのびることを願う人にも。私もなんとか上手くやってくれた2014年の自分に感謝しつつ、2034年の自分のために事務をこなすしかない。 [レビュアー]夢眠ねむ(書店店主/元でんぱ組.incメンバー) 7月14日生まれ。三重県伊賀市出身。多摩美術大学卒業。アイドルグループ「でんば組.inc」の元メンバー。愛称は“ねむきゅん”。みえの国 観光大使。他の著作に『ゆめみやげ』『まろやかな狂気』『夢眠軒の料理』などがある。 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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