「もはや隠れて生きない」…あの夜に何が?LGBTQ運動の象徴「ストーンウォールの反乱」当事者が語る
■「もはや隠れて生きない」と決めた夜…世界中の運動に
マークさんたちは警察に抵抗して事態は暴動に発展。この夜の出来事のあと、自分たちの権利を求めて権力と戦うようになりました。 マーク・シーガルさん(73) 「人々に私たちの存在を知ってもらい、もはや隠れて生きないと決めたのです。法的保護や医療について書かれたビラを毎晩配り始めました。メディアの前でも警察の前でもデモを行いました。ゲイの若者やトランスジェンダーの人々を助けました。さらには、最初の年の終わりには、今の『プライドパレード』を作りました。ストーンウォールの反乱前は活動家は100人ほどでしたが、1年後のプライドパレードには、1万5000人が集まったのです。私たちがあの夜を発端に築き上げたものは、世界中の運動となったのです」 マークさんらが起こしたストーンウォールの反乱から1年を記念してニューヨークではデモが行われました。これが現在まで続く「プライドパレード」の始まりなのです。 マーク・シーガルさん(73) 「当時の私たちは、とにかく社会の一員として認められたかったのです。まず社会で可視化されはじめ、社会が私たちを恐れなくなりました。その後、社会や政府に対して、私たちの人権を認めてもらうこと、差別禁止を立法化することを訴えました。世の中に私たちの存在を知らせるためメディアにも訴えました。報道機関の前で抗議活動をしたり、テレビの番組をジャックしたりもしました。軍隊に入隊できる権利や同性婚の権利を求めて戦いました」
■「同性婚が認められたときが一番うれしかった」
長年にわたる活動で一番うれしかったことをマークさんはこう語ります。 マーク・シーガルさん(73) 「同性婚が認められた時です。婚姻の平等ですよね。そのおかげで夫と結婚ができるという人生で一番幸せな日が訪れたからです。私が得ることができた愛と安心感を社会の誰もが享受できるべきです。それが人生の中で最も重要なことでした。その後、私はオバマ大統領と、全米初のLGBT高齢者向け、低所得向けの住宅を開設することになったのです。オバマ大統領は、私と夫をホワイトハウスに招待してくれました。ストーンウォールの反乱に立ち会った当時18歳の青年が、大統領からホワイトハウスに招待されることになるとは思ってもいませんでした。目に見える存在になれたのです。目に見えない時代を終わらせたのです。その結果、当事者以外の仲間も生まれ、LGBTの権利を求める戦いは、基本的人権を求める戦いなのだと人々は気づいたのです。ラテン系・黒人・女性が人権を求めて戦うのと何ら変わらないのです。私たちも社会の他の人たちと同様に、平等を求めているのです。権利獲得運動の功績を私が独り占めできません。一緒に戦った人々の多くはもうこの世にいません。それでも今なお新しい活動ができていることが幸せです」