正体不明のグラフィティライターを追いかけて……松本清張賞『イッツ・ダ・ボム』など新人作家によるミステリ3選(レビュー)
井上先斗の『イッツ・ダ・ボム』(文藝春秋)がよい。第三一回松本清張賞受賞作である。題材はグラフィティ――街中にスプレーなどで描かれる名前や文字――である。二部構成の小説で、第一部は、ブラックロータスという正体不明のグラフィティライターについて取材するライター(こちらは雑誌やウェブに執筆)の視点で語られる。彼は、識者を訪ね歩いてこの文化を学び、そしてブラックロータスの作品の特徴からその内面を読み解こうとする。取材活動は読者にグラフィティを紹介する役割も担っているのだが、取材者の足取りが私立探偵小説的で、ミステリファンには嬉しい限りだ。やがて彼は、ある人物の作為と真意に気付く――というあたりで第一部は終了。第二部は、それまでの登場人物の一人が視点人物となり、また新たな角度からブラックロータスの正体や心を探る物語となる。いわゆる“普通のミステリ”らしい謎はないが、著者が、作品を構成するエピソードとして仕込んだ情報を伏線として活かして、ブラックロータスという“犯人”の正体と動機を説得力をもって読者に届ける技量は、新人離れして巧みだ。著者はまた、他者の文化に只乗りすることへの葛藤やエゴを登場人物にきちんと意識させ、そんな彼らをリズミカルな文章で綴っている。小説として筋が通っていて、かつ美しいのだ。こんな小説に出会えて幸せである。
横溝正史ミステリ&ホラー大賞を受賞してデビューした新名智の第四作『雷龍楼の殺人』(角川書店)は、相当にトリッキーな一冊。孤島で進行中の連続殺人を、中学生の外狩霞が安楽椅子探偵的に謎解きするという構成なのだが、霞の状況が斬新だ。彼女は、誘拐されて監禁されているのだ。連続殺人に関する情報は、誘拐犯に脅迫されてその孤島である任務を遂行中の霞の従兄から得る――そんな異様な構成のミステリなのだが、著者はさらに序盤で読者を驚かせる。プロローグと第一章の間に“読者への挑戦”を挿入し、島の事件の犯人と被害者たちの名前を明かすのだ。なんとも野心的な序盤だが、中盤のサスペンスも、終盤の驚愕と衝撃も文句なく刺激的。本書において、孤島殺人×安楽椅子探偵という定型からの逸脱の凄味を満喫した。