2台のスペシャル|1930年代ランチアV8レーシングカーの魅力を探る
再びステディ・スペシャルのステアリングを握る
●ステディとの対話 再びステディ・スペシャルのステアリングを握るのは興味深い体験だ。新ボディは“ステディの本物”ではないものの、シャシーが造られた時代の精神をよく反映しており、ブラックが艶やかに輝いている(当初の予定はダークブルーだった)。ドアはない。私が2014年にソーンリー・ケラムを訪問した際、新しいボディをカットしてドアを造るかどうかが、検討事項のひとつだった。結局、コストがかさむし、不要だろうという結論に至った。同様に、スコットが提案したV字型のウィンドスクリーンも採用されず、代わりに2個のエアロスクリーンを装備する。 低い位置にヘッドライトが付いたラジエターグリルは、ステディがDB2/4のボンネットのフロントとして考案したものに似ている。両側のフェンダーは繊細な昆虫の羽を思わせる。ボンネットに付いたリベット留めのバルジの下にはキャブレターがある。これが不釣り合いにそびえ立っている土台は、ロッカーカバーのように見えるが、実は違う。その下に隠れているのは、迷路のように曲がりくねった吸気マニフォールドだ。 この車のディテールは実に味わい深い。ボディ側面下部には、“STEADY”の文字をくり抜いた踏み台が取り付けられ、スペアタイヤのカバーには、空気を導くストレーキが付いている。ギアレバーのリモートリンケージがあるところには、以前は長く太いクランク状のものがあって、2014年の時点では(おそらく1934年からずっと)それで変速が行われた。 近代化を許したのは1箇所だけで、リアにコイルダンパーユニットを装着する。これは、オリジナルのリーフスプリングを補助するためだ。サルーンのアストゥーラにとっては柔らかいが、大幅に軽量なショートアストゥーラにとっては硬く、スポーティーな用途に合っているものの、明らかに剛性が足りないのである。 始動すると、ビートの効いた大音量が響く。フラットプレーンのV8と、より一般的なバンク角90°のV8との中間のような音だ。この車のエンジンはバンク角17.5°である。ランチアは、“正しい”バンク角という概念に背を向けることが多かった。それよりも、まず必要なサイズに収めるコンパクトな設計を追求してから、等間隔点火が可能なクランク角を考案した。オーバーヘッドカムシャフトを駆動する3本のチェーンが陽気にキンキンと鳴っている。 シフトゲートが通常とは左右反転していることを忘れないようにしなければならない。シンクロメッシュもないから、正確なタイミングでのクラッチ、シフト、ブリッピングが不可欠だ。エンジンはたちまち本性を現した。情熱的に回り、トルクが太い。ステディが過去に施したモディファイの賜物だ。吸気バルブを拡大し、カムシャフトで吸排気をスムーズにして、圧縮比を強力な6:1に引き上げた。その結果、出力は約100bhpに高まっている。 私たちは、サリー州南部のでこぼこした田舎道を飛ばしていった。ステアリングはクイックだし、正確なので頼りになる。これは独立式フロントサスペンションの正確性でもある。ランチアお馴染みのスライディングピラー式だ。乗り心地は硬いが、耐えがたいほどではなく、1930年代の車にしてはめずらしく、車全体に一体感がある。あと必要なのはシフト操作に磨きをかけることだけだ。 生まれ変わったステディ・スペシャルは、まさに命がみなぎっている。面白いV8エンジンを搭載し、シャシーを短縮した戦前のランチア・スペシャルの世界に慣れてきたところで、私はディラムダに乗り換えた。写真撮影では、比較用にフェンダーを装着したが、走行時は外す(ここだけの話だ)。ヘッドライトもないから、完全なレース仕様である。長いボンネットの向こうに、2本のがっしりした斜めの鋼管がわずかに見える。これに支えられて垂直に高く突き出しているのは、スライディングピラーのハウジングだ。コクピットの両側、切り取られた開口部のすぐ下に、熱い排気管が走っている。エアロスクリーンは1個だ。 走行前に検分すると、興味深い点が様々に見えてきた。排気マニフォールドは前方へと折れ曲がり、その下に並んだ両側のスパークプラグの間に、幅の広いアルミニウム製カムカバーがある。これとその下にある1個の鉄製シリンダーヘッドが、24°に開いた両バンクを橋渡ししている形だ。キャブレターは、アメリカのストロンバーグ製アップドラフト式で、非常に大きなものが1個、エンジン左側の低い位置にある。以前はウェバー30DCRだった(オリジナルはアストゥーラと同じくゼニス製)。車体の下をのぞくと、ギアボックスの巨大なアルミニウム製ケースと、さらに大型のディファレンシャルケースが見えた。リアのリーフスプリングは、幅の広い分厚い板バネがいくつも重なり、まったく動きそうにない。これが取り逃した振動は、フリクション・ダンパーが制御する。 車内に目を向けると、ギアレバーは太く、かなり短い。シフトゲートは逆向きで、押しボタン式のリバースロックが付いている。ほかのギアも袋小路に陥りやすいことは、あとで分かった。巨大な回転計は、フランスのイエガー製のクロノメトリック型で、少々ムラ気がある。シートの背もたれは、ほぼ直立しているように感じる。1930年代のレーシングドライバーに特有の背中を丸めた姿勢を取りやすい。足で操作するスターターボタンを踏むと、ステレオの大音響が鼓膜に襲いかかってきた。その音は、同期のずれた荒々しい2基の4気筒エンジンが、自分に注目してもらおうと争っているかのようだ。 これをコントロールするスロットルペダルは、不安になるほど敏感で、前後というより上下に近い動きをする。クラッチペダルを慎重に踏むと、意外にも扱いやすく、うまくエンゲージして発進した。ハイギアードの1速で引っ張り、このタイミングで合っていてくれと願いながら、やはりシンクロのない2速へ、さらに上へとシフトアップしていく。駆動系がガチャンと音を立て、ギアレバーの操作も容易ではない。回転とパワーが高まるにつれて、V8のビートらしきものが聞こえてきた。岩から岩へと飛び移るように、サリー州のでこぼこ道を疾走していく。泥だらけの路肩が常にゾッとするほど近くにある。大音響で耳鳴りがし、振動が背骨に響く。 ここは、サスペンションが岩のように硬く、トルクは太いがトラクションは不足気味のレーシングカーには向いていない。この車には、もっと滑らかな道が必要だ。それでも、ディラムダを進むべき方向へ導き続ける満足感は大きい。ステアリングはクイックかつ協力的で、直進時の遊びが驚くほど少ない。フルヴィオ・フランチョージは、優勝したコッパ・ディ・ナターレでこの走りをさぞ楽しんだことだろう。対して私はといえば、木の板を何枚も束ねた棒で打ちすえられた気分だ。そこにオノの刃を付けたものを、古代ローマ人はファスケスと呼んで権威の象徴とし、のちにそれがファシスト党のシンボルになったのだった。 1933年ランチア・ディラムダ・レーシングカー エンジン:3958cc、24°V型 8気筒、SOHC、ストロンバーグ製 UUR-2アップドラフト式キャブレター 最高出力:100bhp/ 4000rpm(オリジナルの出力) 変速機:前進4段MT、ノンシンクロメッシュ、後輪駆動 サスペンション(前):スライディングピラー式独立、筒内コイルスプリング、テレスコピック・ダンパー サスペンション(後):リジッドアクスル、半楕円リーフスプリング、フリクション・ダンパー ステアリング:ボールナット ブレーキ:4輪ドラム 1934年ランチア・アストゥーラ “ステディ・スペシャル” エンジン:2972cc、17.5°V型8気筒、SOHC、ゼニス製32DVIキャブレター 最高出力:約 100bhp/ 5000rpm 変速機:前進 4段 MT、ノンシンクロメッシュ、後輪駆動 サスペンション(前):スライディングピラー式独立、筒内コイルスプリング、テレスコピック・ダンパー サスペンション(後):リジッドアクスル、半楕円リーフスプリング、コイルダンパーユニット ステアリング:ボールナット ブレーキ:4輪ドラム 編集翻訳:伊東和彦 (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵 Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) Translation:Megumi KINOSHITA Words:John Simister Photography:GF Williams
Octane Japan 編集部