陸上女子トラック「最古の日本記録」はなぜ16年も破られない?…400mで“歴代10傑独占”「ロングスプリント界の至宝」千葉麻美とは何者だったのか
陸上競技では近年、用具の進化もあり「不滅」と言われた記録も次々に更新されている。そんな中で、今なお燦然と輝く記録もある。その1つが女子400mの日本記録だ。2008年に千葉麻美(旧姓・丹野)が樹立した51秒75は、16年もの月日が流れたいまも破られず、女子トラック主要種目においては最古の日本記録となっている。なぜ千葉は、日本の歴代パフォーマンス10傑全てを占めるほどの傑出度を誇るまでになったのだろうか? 《全3回の1回目/つづきを読む》 【写真】「えっ、何頭身なの…?」400mで女子トラック“最古の日本記録”を持つ千葉麻美さん…現役時代の長~い手足とバッキバキの腹筋&引退から8年、39歳になった現在と高校時代の姿も。この記事の写真を見る。(50枚超) 「中学では100mをずっとやっていたんですけど、スタートが遅くて。距離が足りないんですよね」 8年前に陸上競技を引退し、今年39歳になった千葉麻美の雰囲気は、実に柔らかい。今も残る「不滅」の日本記録保持者であるロングスプリンターだったとは、一見すると分からない。 日本女子のロングスプリント界の歴史において、千葉の存在は傑出している。 女子400mで16年残る日本記録保持者であることはもちろん、日本歴代パフォーマンス10傑の全てを、未だ千葉の記録が占めている。
日本ロングスプリント界の「至宝」誕生の経緯は?
中学時代に千葉は100mでジュニアオリンピック3位に入っている。しかし、専門種目として100mを続けるには、どこかしっくりこなかったという。全日本中学校選手権の実施種目に女子400mはないので、必然的に女子選手が400mを始めるのは高校からになる。だが、千葉自身も当時の指導者も早い段階で400mが最適種目だと考えていた。 「自分でも距離を伸ばしたほうがいいなと思っていました。でも、800mだと長すぎる。顧問の先生からは『400mなら絶対にいい記録が出るよ』と言われていました」 千葉のロングスプリンターとしての才能は郡山東高に進学すると、すぐさま開花。2001年、高校1年時の国体(少年B=中3、高1世代)では3位入賞を果たした。 「始めたばかりだったので、走るたびに1秒ずつぐらい速くなっていきました。100mだと0.1秒更新するのもなかなか難しい。400mはやっていてすごく楽しいなと思いました」 記録がぐんぐん伸びたこともあり、千葉は400mという種目にどんどんのめり込んでいった。 当時は、女子400mの日本記録が52秒95、高校記録が53秒45で、いずれも柿沼和恵(埼玉栄高→中大→ミズノ)が持っていた。柿沼が1992年にマークした高校記録は当時、10年以上破られずにいたことになる。 「高1の時は高校記録が全く見えていなかったのですが、高2のインターハイで運良く2番になって。その時に『もうちょっと頑張れば高校記録も狙えるかな』と思うようになりました。でも、更新できるとは思っていなかったので、当時ずば抜けて速かった高校記録に何とか近づきたいと思っていました。その上の日本記録はまた次元が違ったので、ゆくゆく自分が大人になって、社会人になる頃に出せたらいいな……ぐらいに考えていました」 千葉は、高校記録を視野に入れるまで力を付けていた。しかし、ここでぶつかった53秒台の壁が高かった。高校最後のインターハイでは、200mと400mの二冠を果たしたものの、400mの記録は54秒台にとどまっている。
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