敵国に武器を売り、自国の軍隊を壊滅させた武器商人
戦争をするには武器が必要だ。それを調達するのは、昔から「死の商人」と言われる武器商人だった。前記事までで見た通り、鉄砲から核兵器まで売り捌き、巨万の富を得てきた戦争の黒幕たちをめぐる実話は多数ある。しかし、その実態は、日本ではあまり知られていない。 [写真]ハイラム・マキシムとアルフレッド・ノーベル では、この謎に満ちた死の商人とは何か、彼らに共通する考え方や行動原理とはどんなものなのか。ここでは、『死の商人』(岡倉古志郎著、講談社学術文庫)から引用する。
言葉の由来
「死の商人」――“the merchants of death” 文字どおり訳せば、まさに、「死の商人」である。「死の商人」とは変なことばではないか。「死の商人」とは、いったい、何だ。「死の商人」は何をあきなうのか。それは、「ベニスの商人」シャイロックのように、冷血無慈悲な商業道徳の持ちぬしなのか。「死の商人」ということばは、「死神」を連想させる点で、ひじょうに適切なことばではあるが、いきなり、このことばにぶつかると、われわれは、一応、とまどいせざるをえない。 フランス語では、“the merchants of death” のことを“les marchands de canons” といっている。日本語にすれば、「大砲の商人」である。つまり、「大砲をあきなう商人」である。ドイツでは、例の兵器王国、鋼鉄王国クルップ・コンツェルンの支配者クルップ一家のことを“Kanonen König”――「大砲王」と呼んでいるが、クルップは、あとでくわしく書くように、典型的な「大砲の商人」、「死の商人」だった。また、ドイツ語には“Krämer des Krieges”ということばもある。これは「戦争の商人」ということだ。意味は「死の商人」と同様である。
商人から資本家へ
「死の商人」というのは、無数の罪のない人間に死をもたらす殺戮兵器を生産し販売する人々のことである。かれらは、単に兵器をあきなうだけではなしに、それをみずから生産もする。生産し販売するのは、むろん、大砲だけではない。大砲も、機関銃も、弾丸も、爆弾も、火薬も、戦車も、飛行機も、軍艦も、さらに、こんにちでは原子爆弾も、ロケットも、およそ大量殺戮の手段となり、戦争の道具となるほどのものならば、すべて「死の商人」の取扱う品物のリストにのぼる。 もっとも、こういう取扱い品のリストは、時代とともに、いや、正確にいえば資本主義の発展とともに、科学技術が発達し、戦争の量や質が飛躍的に発展するにつれて、急速にふえてきたものだ。 昔は、「死の商人」は、文字どおり「商人」であり、槍や鎧を封建領主に売りこむ商人であり、たかだか、こういう武器をつくる手工業者にすぎなかった。たとえば、後世の「大砲の商人」クルップ家の第二世アントン・クルップは三〇年戦争(一六一八―一六四八年)にさいして、新旧両教徒側に武器を売って大いにもうけたというが、おそらく、「死の商人」という、どこやら神秘的なにおいのすることばは、こういう前資本主義時代に生れたものだろう。 だが、その後、「死の商人」は、いくつかの戦争をへて、「商人」たることから脱皮し、りっぱな資本家そのものになった。さらに、資本主義が、その発展の歴史的、必然的な結果として、生産の集積、資本の集中をもたらすにいたるや、「死の商人」は独占資本そのものになっていった。