レバノン人が語る、イスラエルの攻撃にさらされるレバノンの日常
■ あらゆる国民が内包している戦争のトラウマ それは世代を超え影響を残します。レバノンは戦争の意識を持たない世代は存在しません。トラウマが次世代に伝達されるのではなく、どの世代も生きた経験として抱えています。 それは私たちの中に入り込んで留まり、広がります。日常で強烈に刻まれてしまった体験が、体に染み込んでしまうのです。私たちの体には暴力と回復が刻まれ続けています。けれど、レヴァントの地に生まれた私たちは、生きることを心から愛しています。そしてレバノン人は立ち直る力があります。 日常を再び生きることは一つの抵抗。しかし立ち直るには、恐怖、不安、不確かさ、憤りを乗り越えなくてはなりません。同時に、それらに慣れてしまってもいけない。私たちはこの相反する思いに縛られながら生きていかなくてはなりません。 レバノンのメディア「メガフォン」に載った、レバノン南部に住むラシッド・ゴセイン氏の言葉を紹介します。 「私は魚のようなものです。魚はその環境から引き抜くと死んでしまう。もし私が村から追放されたら、私も死ぬかもしれません」 氏には自分の土地、オリーブの木に対する深い愛着があります。氏はイスラエルとの戦争で何度も土地から避難していますが、2006年の時は、「家に戻って良い」というサインが出るや否や、イスラエル兵がいたにもかかわらず村に戻りました。 イスラエル兵はあまりにも彼が早く戻ってきたので唖然としたそうですが、彼には関係のないことでした。「我らが残り、彼らは去りました」。 ベイルートの家は食料品、特にオリーブオイルの貯蔵には適していませんが、レバノンの多くの村では各家に貯蔵専用の部屋があります。そんなオリーブの産地がゴセイン氏の村。 「オリーブの木は私の友人であり、家族であり、妻であり、父であり、思い出です。オリーブは木から実まで祝福されています。この土地は豊かで、愛があふれています」