天才少女「ミシェル・ウィー」の“長過ぎる冬”を終わらせたある日本人選手の存在 「身長が低い人のようにプレーしてみようと」(小林信也)
マスターズに勝ちたい
ミシェルを覚醒させた“深いお辞儀”風のパットが生まれたきっかけを彼女は、日本の取材陣にはさらに詳しく語っている。日刊ゲンダイがこう書いている。 〈なんでこんなユニークなスタイルになったのかといえば、宮里藍が理由だった。(中略)「アイはパットがうまい。それは155センチと背が低く、私より目線がグリーン面に近いから」と気付き、視線をもっと低くと試行錯誤を繰り返していくうちに、このフォームになった〉 他者は183センチのミシェルの体格を羨望のまなざしで見つめる。しかし当のミシェルはその長身こそが不振の要因だと悩み苦しんだ。宮里は海外の大柄な強豪たちが、自分の身長の低さに強さの秘密があると考え、研究しているなどと想像したことがあっただろうか。長所が弱点になり、短所と思える要素が逆に武器になり得るゴルフの深さ、勝負の不思議さが垣間見える。 天才少女はやがて結婚し、女児の母となり、昨年7月、全米女子オープンを最後に現役を引退した。 ハワイで男子ツアーに挑戦した頃、ミシェルが夢を語るまなざしを思い出す。大人っぽい表情と対照的に、声はかわいらしかった。 「マスターズに出て、マスターズに勝ちたい」 誰もが考えたことのない夢だった。それは常識的には無謀な空想に感じられた。 言うまでもなく、マスターズは男子の大会で、その舞台オーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブは、女性会員を認めない男性だけのクラブとして広く知られていた。女人禁制の伝統を非難する声が年々高まっていた当時、ミシェルの抱負は波紋を投げかけた。 ミシェルはマスターズに挑戦できなかった。けれど、近い将来、その夢をかなえる女子選手はきっと現れるだろう。
小林信也(こばやしのぶや) スポーツライター。1956年新潟県長岡市生まれ。高校まで野球部で投手。慶應大学法学部卒。大学ではフリスビーに熱中し、日本代表として世界選手権出場。ディスクゴルフ日本選手権優勝。「ナンバー」編集部などを経て独立。『高校野球が危ない!』『長嶋茂雄 永遠伝説』など著書多数。 「週刊新潮」2025年12月26日号 掲載
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