V16エンジンを搭載した90年前のアウディが、駆け抜けた!
アウディの源流であるアウトウニオン「タイプ52」が、イギリスでおこなわれた「グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード2024」で、走った! 超貴重な1台を、大谷達也がリポートする。 【写真を見る】タイプ52の全貌(16枚)
最高速度は200km/h!
グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード2024のヒルクライムに挑戦するレーシングカーが所狭しに並ぶボールルーム・パドック。そこでは、どんなに高価で貴重なレーシングカーであろうとも布製テントの下に置かれるのが習わしだが、1台だけ、立派な特製ブースにうやうやしく仕舞われているシルバーのマシンがあった。 そのノーズには、アウディで見慣れたフォーリングスのロゴが掲げられているが、そのスタイリングは、私が知るどんなアウディとも、さらにいえばアウディの源流となったアウトウニオンのレーシングカーとも異なっていた。 マシンの横に置かれた説明書きによると、これは1930年代に設計されたアウトウニオン「タイプ52」を現代に蘇らせた車両だというが、その運命はなかなか数奇なものである。 アウトウニオンがドイツに誕生したのは1932年のこと。同社は、アウディ、ホルヒ、DKW、ヴァンダラーの4社を統合して設立された自動車メーカーで、その主要施設はケムニッツやツヴィカウなど、いわゆる旧東ドイツの領土にあった。 第2次世界大戦を間近に控えたこの時期、ときのヒトラー政権は国威発揚のため、メルセデス・ベンツやアウトウニオンを後押しし、現在のF1グランプリにあたるグランプリレースへの参戦を促す。そしてシルバーにペイントされた2メーカーのレーシングカーは“シルバーアロー”と、呼び、アルファロメオやマセラティを蹴散らしながら連戦連勝を挙げていく。このとき、アウトウニオンが送り出したレーシングカーは「タイプA」、「タイプB」、「タイプC」、「タイプD」と呼ばれ、いずれもフェルディナント・ポルシェが設計したミッドシップ・レイアウトを特徴としていた。しかも、タイプAからタイプCまでは排気量4.4~6.0リッターのスーパーチャージャー付きV16エンジン(!)を搭載。その最高出力は最大で520psにも達した。 冒頭で紹介したタイプ52は、このうちのタイプAをベースとするロードカーとして開発が進められたもの。そのエンジンは排気量4.4リッターのV16エンジンで、元になったレーシングカー同様、スーパーチャージャーを備えていた。ただし、レギュラーガソリンでも走行可能とするため圧縮比を下げるとともに、クランクシャフトとスーパーチャージャーをつなぐギアボックスのギア比をよりスローにすることで、最高出力は200ps/3650rpm、最大トルクは436Nm/2350rpmと、やや控え目なスペックとされた。 とはいえ、タイプ52が開発されようとしていたのは、いまから90年(!)も昔のことである。この時代のロードカーで最高出力が200psに達していたこと自体、驚異的というべきだろう。ちなみに予想された最高速度は200km/h! それゆえ、タイプ52はドイツ語でシュネル・シュポルト・ヴァーゲンと呼ばれた。そのまま直訳すれば“速いスポーツカー”といったところか。 しかし、タイプ52はさまざまな理由により実際に製作されることはなく、数枚の図面だけが残った。これを元にして、アウディがイギリスのクロスウェイト&ガードナー社に依頼して現代に再現したのが、このタイプ52だったのである。 その外観は、タイプAをやや太らせてクローズドルーフボディが与えられたという印象。もっとも、V16エンジンをミッドシップする基本レイアウトはそのまま継承されているうえ、エンジン上部のカバーを開くことによってV16の迫力ある姿を目の当たりにできるという工夫も凝らされていた。 さらに興味深いのはそのシートレイアウトで、まるでマクラーレンF1のように運転席は中央に配置され、その左右のやや後退した位置にふたつの助手席を設けた3シーターとされた。しかも、キャビン後方のエンジンコンパートメントとはガラス窓で仕切られているのみ。おそらく、キャビンはかなりの熱と騒音で満たされたと推測される。 今回は、往年のレーシングドライバーであるハンス=ヨアヒム・シュトックがそのステアリングを握ったが、ハンス-ヨアキムの父であるハンス・シュトゥックもやはりドライバーで、アウトウニオンのマシンを駆ってグランプリレースを戦った経歴の持ち主。おそらく、ハンス=ヨアヒムにとっても、かなり感慨深いドライブとなったはずだ。 私はグッドウッドでタイプ52が走り出すシーンに遭遇したが、V16エンジンの奏でるサウンドは極めて緻密かつ荘厳なものだった。 90年前にこのクルマと街ですれ違ったら、人々はさぞかし驚いたことだろう……そんな光景を妄想しながら、私はタイプ52の後ろ姿を目で追った。
文・大谷達也 編集・稲垣邦康(GQ)