大阪万博のトイレをデザインする女性建築士 「生きづらさ」の解消をめざしたい
建築に携わりたいという女子学生が増えています。建築設計は理系の分野ですが、日々の暮らしから芸術まで幅の広い総合的な学問だと捉えられています。日本女子大学が建築デザイン学部を新設するなど、建築を学べる学部が次々と誕生しています。2025年の大阪・関西万博会場内に計画中のトイレの設計に携わっている一級建築士の田代夢々(むむ)さんは、建築を通じて社会課題を解決したいと考えています。最先端の世界で働く田代さんが大学ではどのように学び、夢を追ってきたのか、これまでの日々を振り返ります。 【写真】留学先のパリで働いていたアトリエの仲間と
田代さんが大学時代の先輩とチームを組んで、若手建築家を対象とした「2025年日本国際博覧会 休憩所他設計業務の公募型プロポーザル」に提出したのは、22年6月のこと。初めて挑戦する大きな公共事業でした。会場デザインプロデューサーを務める建築家、藤本壮介さんらによる審査の結果、優秀提案者20組に選ばれ、「トイレ8」の設計を担当することになりました。 24年5月に着工し、年内竣工をめどに現在は現場監理業務に取り組んでいます。 「どんな建築物も“多様性”に配慮した設計を行うことが求められます。特にトイレはだれもが使う場所なので、だれにとっても平等に居心地の良さを感じられる空間としてつくりたいと考えています。例えば、車椅子を利用する方にとって個室の内寸は車椅子が回転しやすいよう大きいほうが良いですが、視覚障がいのある方にとって広すぎる個室は使いづらいものになってしまいます。 だれかに対する配慮が、ほかのだれかにとっては障壁になってしまうことがあり、“多様性”とはひとことでも、とても難しい概念だと日々痛感しています。100点満点の設計は難しいかもしれませんが、平均的な良さに妥協するのではなく、みんなにとっての最適解をどうすれば導き出せるか。それは、設計者として私が最も大切にしたいことです」
早稲田大学の建築学科へ
田代さんが建築家を志した原点は中学生のときです。両親が自宅の設計を知人の建築家に依頼して、何もないところからだんだんと家ができあがっていく感動を目の当たりにしたことがきっかけでした。 「オープンキャンパスを巡った結果、早稲田大学を目指すことに決めました。特に、建築の意匠(デザイン)に力を入れている教育に魅力を感じたからです」 早稲田大学を選んだ理由はもう一つ。受験生時代、理系科目よりも文系科目が得意だったため、英語の配点が高い試験が自分に合っていると考えたからです。 「試験本番、数学が全然できなくて、『ダメだったかな』と思いました。でも得意だった英語がその分をカバーしてくれたのだと思います」 現役で合格し、13年に晴れて早稲田大学創造理工学部建築学科に入学しました。ところが、1年次の製図(図面の複写など)の成績はあまり良くありませんでした。 「建築学科に入って、それまでの自分が好きで得意だと思っていたものがうまくいかず、悔しくて涙を流すこともありました。一方で、建築家の本をたくさん読んで、『建築を考えることは社会を考えることなんだ』と、その可能性にワクワクもしていました。大学の成績は良くなくても、もうちょっと踏ん張ってみようと頭を切り替えて課題に取り組んでいました」 状況が一変したのは、2年生の半ばです。設計の授業が始まると、急に安定した評価をもらえるようになりました。 「新宿区にある、作家の林芙美子記念館をリノベーションするという初めての設計課題で高い評価を得ることができ、今までの自分の考え方は間違っていなかったと背中を押された思いで安堵しました。それをきっかけに何かが吹っ切れたのか、以降はコンスタントに結果がついてくるようになりました」