大阪万博のトイレをデザインする女性建築士 「生きづらさ」の解消をめざしたい
パリに留学後、27歳で独立
4年次には、アンパンマンミュージアムの設計などで知られる建築家、古谷誠章(のぶあき)教授の研究室(ゼミ)に入りました。「第一線で活躍され、実務にバリバリ携わっている先生のもとで学びたいと思ったからです」 ゼミで上位の成績だったので、大学院試験は免除で早稲田大学理工学術院へ進学。17年には文部科学省の留学支援制度「トビタテ!留学JAPAN」の6期生として、パリ・ラヴィレット建築大学へ留学、現地のアトリエ(建築設計事務所)でインターンシップを経験しました。 大学院修了後は、建築家の中村好文さんの事務所に就職し、長年の夢だった住宅設計に携わりました。中村さんは居心地の良い住宅を設計する建築家として有名で、数多くの本も出版されています。 「留学中は建築の学びもさることながら、幅広い人間関係を築けたことが、かけがえのない財産となりました。中村さんとは、留学時代にべネチア近郊の美術館でスケッチを描いていた際に声をかけていただくという、偶然の出会いをきっかけに交流が始まりました。帰国後に、住宅設計の仕事をやってみないか、とお誘いを受けたとき『いま、中村さんから建築を学びたい』という気持ちが湧き上がり、内定をいただいていた大手ゼネコンを辞退して中村さんの事務所に入りました」 コンセプトをよりどころにして設計を考えていた田代さんにとって、「建築はモノだから」という中村さんの教えのもと、一軒の住宅設計に携わるという経験は、「建築のつくり方」を学ぶ貴重な機会となりました。中村さんとの出会いから約4年が経ち、次のステップへ向けて事務所を退職し転職活動をしていたころ、大阪・関西万博に携わるチャンスを得たことで独立を決意。22年に“Ateliers Mumu Tashiro”を設立しました。 「27歳という年齢で独立して大変なことも多いですが、毎日建築に没頭できる充実した時間を過ごしています」 経験を重ねるにつれて、自分の目指す方向がより明確になってきました。 「建築というモノができあがっていく喜びに加えて、建築だけにとどまらない社会的なメッセージを表現していける人間になりたいと思っています。どうすれば建築を通して生きづらさを抱えている人の力になれるか、これから先も考えていきたいです」 理系を志している学生たちには、「何かひとつ、自分の好きなことをあきらめないで続けてほしい」とメッセージを送ります。 「自分の才能を生かせる出会いが、勉強の先に必ずあります。受験における理系・文系というくくりや性別に縛られないで、自分が実現したいことの最終的な着地点を常に考えてほしいと思います。何かひとつのことを続けていれば、いつか必ず道が開けると信じています」 建築家は人気の職業で、女性も活躍しています。このため、建築学部を新設する大学も増えています。24年4月には、日本女子大学が建築デザイン学部を新設しました。卒業生の妹島和世さんや、新国立競技場を設計した隈研吾さんらを特別招聘教員に迎えました。学部のホームページでは、「人文、理工、芸術を融合した総合学問を教育の根幹とし、高い専門性を発揮できる人材の育成を目指す」と掲げています。同じ24年4月には、大阪電気通信大学が建築・デザイン学部、大同大学は東海地区初となる建築学部を開設しました。25年4月には、愛知淑徳大学も建築学部を開設予定です。 建築学部は、理工系学部の中でも女子比率が比較的高い傾向にあります。建築といっても領域は幅広いため、自分に合った学びの場を見つけることが重要です。
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