たった「10億分の1秒」で、この世界のすべてが爆誕…!138億年前の宇宙で「物質が生まれた瞬間」
初期宇宙の元素合成
宇宙はその誕生直後から、ビッグバン、つまり英語で「大きな爆発」と名付けられるような激しい膨張を経験してきました。それは、大爆発と言うように、宇宙全体を包み込む光の塊が激しく膨張する現象です。光の塊とは、多くの素粒子が激しく光りながら衝突している状態です。それが時間とともに大きく膨張するのです。 宇宙膨張とは、素粒子自体が膨張するのではなく、それら粒子と粒子の間隔を広げながら膨張していくことを意味します。当時小さかった宇宙の中では、粒子の密度が高く粒子同士の散乱が激しくて、飛び交う光子などの素粒子が高エネルギーの状態のまま閉じ込められて、火の玉のようになっていたのです。 例えば、太陽の光っている部分(光球)の様子は、その状況に極めて似ています。太陽の光球は、5500度を超える高温の光が、粒子との散乱により太陽の中に閉じ込められている状態なのです(本書では断りのない限り、温度の「度」は絶対温度[K]を意味します)。 宇宙初期の火の玉は、約1000億度を超える温度でした。この火の玉が138億年かけて膨張し、それとともに温度が下がり、現在の138億光年(その間、膨張を続けているので、正確には約440億光年)先まで広がる絶対温度約3度(マイナス270℃)の極低温の宇宙となったのです。 初期宇宙の元素合成の物語は、宇宙の年齢が約10億分の1秒よりずっと前、宇宙の火の玉の温度が約1000億度よりずっと高いころから始まります。大きさが約30センチメートルにも満たない火の玉の中には、光子、電子、ニュートリノ、クォーク、グルーオンなどの素粒子とその反粒子が、ぎゅうぎゅう詰めに閉じ込められ、激しく反応していました。このころに、ある機構によりクォークの数と反クォークの数の間に非対称が生まれたと考えられています。 このクォーク・反クォークの間の非対称性、つまり物質と反物質の間の非対称性の誕生は、「バリオン数の生成機構」と呼ばれます(バリオン数とは、正味の原子の数のことです)。このときより、クォークの数が反クォークの数より約10億個に1個だけ多い宇宙となったのです。これが厳密な意味で、宇宙における物質の誕生です。 その後、宇宙の年齢が約1万分の1秒後、温度が約1兆度のころになると、若干多い物質と若干少ない反物質とで非対称に存在したクォークとグルーオンから、陽子と中性子がつくられます。陽子は、水素原子の原子核です。このころ、陽子と中性子は、弱い力(弱い相互作用)で電子とニュートリノを交換しながら激しく入れ替わっています。弱い力は、大きさは電磁気力より弱いですが、この時期は陽子と中性子にとても高い頻度で作用していたのです。このときの陽子に対する中性子の割合は、ちょうど1:1です。中性子はわずかに陽子より重いため、その比は時間とともにだんだん変わってきます。 宇宙の年齢が約1秒まで進み、温度が約10億度になると、弱い相互作用をするニュートリノが、火の玉の中の散乱だけでは閉じ込められなくなって、自由に飛び回るようになります。そして、このころに、同じく弱い相互作用による陽子と中性子の入れ替わりの反応が止まってしまいます。なんとそのとき、理論計算によりわかることなのですが、中性子の数は、陽子の数の約7分の1にまで減ってしまっています。そして、この7分の1という中性子の数が、後の宇宙全体のヘリウムの量を決めてしまうのです。